75日間の手記---9月。

9月1日。
今日から学校が始まった。
普通の高校生達は、いやいやながらも学校へ出かけて
夏休み中に何があったかを報告し合ったり、どれだけ焼けたかを自慢したりするのだろう。
そんな当たり前のことすら私には許されない。
家の前に人だかりができることはなくなったが、
それでも雨戸を開けることは出来なかった。
通りすがりのヤツらがいつ石を投げてくるかわからないから。
9月2日。
毎週日曜日は朝の9時くらいから始まるワイドショーを見ていた気がする。
でも今日は見る気にはとうていなれなかった。
きっと、父の名前が出るに決まっていたから。
家の電話だけでなく携帯の方にまで悪戯電話が掛かってくるようになった。
一体みんなどこから電話番号を知ったのだろう。
我慢できなくなって、壁へ向かって思いっきりなげつけたら、
液晶部分にヒビが入った。しかし、それでも電話は鳴り続ける。
―――もう嫌だ。
9月3日。
どうしても耐えられなくなって、母親の実家に泊めて貰うように頼んでみたけれど、
祖父は「あんな男と結婚した娘が悪い」と冷たく言い放ち、私の頼みを聞こうとすらしなかった。
きっと世間体の方が大事なのだろう。
今日から授業が始まった。
でももう、学校や授業なんて、遠い昔のおとぎ話のようにしか思えなかった。
9月4日。
一通の手紙が届いた。
差し出し人は不明で、消印は北海道になっていた。
中を開けるとそこには「殺人犯は死ね」と赤い文字で大きく描かれていた。
私が殺したわけじゃないじゃない。
なんでそんな見知らぬ、それも遠く彼方の人間から責められなくちゃいけないの?
風呂場で声を殺して泣いた。
もう涙も流し尽くしたと想っていたが、まだまだ枯れてはいなかった。
9月5日。
担任から「学園祭の話し合いとかもあるから、辛いのはわかるけどとにかく学校へ来なさい」と、
無責任で、事務的な電話が来た。
辛いのはわかるけど?
本当にわかっているの?いや、絶対嘘。
あなたに私の何がわかる?ほんのこれっぽっちもわかっちゃいないじゃない。
受話器の前で、反論したい気を抑えながら、ただ「はい」とだけ頷いた。
明日は学校へ行かなくてはいけない。
嫌だ。…嫌だ。きっと今夜は眠れないだろう。
9月6日。
やっぱり行く気にはなれなかったが、また電話が掛かってくる方がもっと嫌だったので
結局、午後から学校に行くことにした。
久しぶりに太陽の光を浴びた。
軽蔑の視線で見られる覚悟は出来てはいたが、
さすがに話したこともないはずの下級生が私を汚い物を見るような目つきで見ていたときは腹が立った。
大声で、私は何もしていないと叫びたかった。
クラスメートもクラスメートだ。
私がドアを開けて入った途端、昼食を取っていた彼ら彼女らは私の方を一瞬だけはっと振り向いて
そしてまた何事もなかったかのようにおしゃべりを始めた。
そうだ、私はもう独りなのだ。
午後の一発目の授業は古典で、古典の先生も私を見たとき、一瞬動きを止め、
すぐに何事もなかったかのように振る舞った。
しかし、その一瞬の間に先生の顔に浮かんだ表情は間違いなく、
「あんなことがあったのに、よく此処に来れるな」と言ったものだった。
結局、居たたまれなくなった私は
古典が終わると、学園祭の話し合いに参加することもなく帰路についた。
もう絶対に学校なんて行きたくない。
9月7日。
結局、昨日の夜にまた担任から電話が掛かってきた。
嫌だ。明日はちゃんと遅刻せずに来るように約束させられた。
私がどんな嫌な目に遭ったかも知らないくせに。
すっぽかしたらどうせまた今日も電話が掛かってくるだろう。
あの、人のことを全く考えようとしない担任の電話を受け取るのと、
人を人と想わないヤツらの中に紛れ込むのはどっちが辛いだろうか。
悪戯電話が相変わらず掛かってくるので、電話線を抜くことにした。
これで担任からの電話にも出ないで済む。一石二鳥だ。
結局、学校はすっぽかした。
9月8日。
付き合っていた彼から、一回も連絡が来ていない。
普通なら「大丈夫?」とか「気にするなよ」とか、優しい言葉を掛けてくれるものじゃないの?
―――あぁ、そっか。私はもう普通じゃないんだ。
9月9日。
母がここ1週間くらい何も口にしていない。
病院に連れて行きたいけど、それもままならない。
祖父はこんな母を見てもまだ、あんな冷たいことを言えるのだろうか?
ふと疑問に想ったが、実行には移さない。
あんなヤツに電話なんて掛けたくない―――掛けれないよ。
9月10日。
届いた手紙が全部合わせて20通になった。
当然、そのほとんどが私たちを人間とも想っていない内容だったが
その中に、たった一通だけ違うものがあった。
「あんなことになって大変でしょうけど、頑張って生きて下さい」
世の中には、私たちのことをわかってくれる人がまだいたのだ。
今までただ汚れて行くだけだった気持ちが
その少しずつだけど癒されていく気がした。
いつまでも逃げてはいられない。
明日から、学校へ行こう。もう逃げない。絶対に。
9月11日。
昨晩、母が倒れた。
もう「嫌だから」なんて言ってはいられない。父を失って母も失うなんて絶対に嫌だ。
病院へ直接連れていくのは怖いので、祖父に電話した。
受話器を持つ手が震えていた。
祖父は、母を連れていったが、私を連れていってはくれなかった。
そりゃそうだ。
だって私には父の血が半分は流れているのだから。
母が病院に入院することになったので
今日から私はこの家に一人きりだ。
3人で住んでいたときは狭く感じていたが
今となると、とても広い。とても寂しい。
廃墟だ。
9月12日。
台風が関東地方を直撃した。
よかった。学校へ行かなくて済んだんだ。
いつまでも、こうして私は先送りしていくのかもしれない。逃げているのかもしれない。
真っ直ぐに立って、戦うのが怖い。独りが怖い。
―――お願い、誰か助けて
9月13日。
ちょうど一週間ぶりだ。学校へ行くのは。
また軽蔑の視線で見られるのだろうと想っていたが、そうではなかった。
クラスの話題は、昨晩起きた別の大事件で持ちきりだったからだ。
不謹慎だけど、少しホッとした。
そうだ、いつまでも引きずられるわけじゃない。いつかは忘れ去られるのだ。
前、仲の良かったクラスメートと久しぶりに話した。
前みたいに違和感なく話すことは出来なかったけど、また友達同士に戻れるような気がした。
9月14日。
廊下で付き合っている彼とすれ違ったけど、
彼は私と視線を合わせようとすらしてくれなかった。
そういえば、あの日以来一通もメールをやりとりしていない。
送信できない。
本文を打って、あと送信ボタンを押すだけなのに、押せない。
なんでだろ。勇気がないのかな。
9月15日。
勇気を出して、彼に電話してみる。
「お掛けになった電話番号はただいま電波の届かないところに―――」
なんだか上手くはぐらかされた気分だった。
明日は母のお見舞いに行こう。
たとえ祖父にどんな嫌な顔をされても、私は母の娘なのだから。
9月16日。
―――6日ぶりに逢った母の顔は、以前よりずっとやつれて見えた。
そんな母の顔を見ていると、悲しくて何も言えなかった。
おそらく私が見舞いに来ていることにも気付いていないのだろう。
ただただ、母は天井をじっと眺めているだけだった。
9月17日。
今日、はじめて聞かされたのだけど
うちのクラスは学園祭で喫茶店をすることになったらしい。
ちょっと楽しみだ。
こういう気分になれたのは、あの日以来はじめてかもしれない。
9月18日。
体育祭の練習のとき、彼と目が合った。
何も言ってくれなかったけど、目が合っただけで幸せだった。
9月19日。
「おはよう」
まだぎこちないけど、何気ないいつもの挨拶を交わして席につくと
机の上に黒マジックで、「殺人者は帰れ」と殴り書きがされてあった。
わかっていた。まだ終わってはいない。
でも、唐突だった。せっかく、上手く行きかけていたのに、またコレだ。
とりあえず平静を装って、事務室にシンナーを借りに行った。
借りて、消して、そして返した。
返した後、教室に戻る前に体育館裏のトイレでわんわん泣いた。
人前では涙は見せられない。弱みを見られたら、つけ込まれてしまう。独りでも生きていけなくては
9月20日。
授業が終わって、帰ろうとするとクラスの男子が話しかけてきた。
「昨日は…ごめん」
どうやら落書きをしたのはこの男子だったみたいだ。
「うん、慣れてるから」
冷たく、優しく、まるで何も気にしていないかのようにそう答えた。
でも、本当は嬉しかった。
ちゃんと謝ってきてくれたんだ。
彼のやったことは決して良いこととは言えないけれど、こうやって下駄箱で待ち伏せしてまで謝りに来たじゃないか。
今なら素直に、彼を許してあげられる、そんな気がした。
9月21日。
あいにくの雨だったけど体育祭の予行練習が行われた。
一番心配だったフォークダンスも、そこまで辛くはなかった。
でも、だけど、手を繋ぐのが仕方なかったからと言って、これ見よがしに手をごしごし神経質そうに洗うのはやめて欲しかった。
9月22日。
明日は母のお見舞いに行けないので今日の内に行くことにした。
あの日以来、母を日に日にやせ細っている。
医者の話だと満足に食事をとろうともしてないみたいだ。
「生きている死人」と言う表現が、まさにぴったり合う。そんな情景だった。
9月23日。
昨日までは、朝は涼しくても昼になるとまだまだ暑かったのに
今日は全力疾走で走ったあとでも、空気がひんやりとしていた。
高校の体育祭だと言うのに、結構な数の父兄が来ていた。
無駄だと知っていながらも、気が付いたら人混みの中に父と母を捜していた。
9月24日。
振替休日1日目、でもどうせ私にはすることがない。
友達たちが泊まりに行く計画を聞いていると、涙が堪えなくなりそうになる。
私もどこかへ行きたい。誰も私のことを知らないところへ。
…そうだ、海を見に行こう。
9月25日。
振替休日2日目、ポスト型の貯金箱に入っていたお金を全部数えると1万ちょっと入っていた。
投げやりに、お金を掴んでポケットにねじ込んだ。
千葉の海は、どこか色彩が抜けたような悲しい色をしていた。
水はもう、とても冷たくて―――長月の海はもう泳げそうになかった。
何も考えずに、ただぷかぷかと波に漂うクラゲがとてもいとおしかった。うらやましかった。
9月26日。
体育祭が終わってしまったので、今度は学校全体が文化祭モードに入っている。
あと3日しかない時間の中で、学校中がなにかに追われている、そんな感じだ。
放課後は9時まで準備をしていた。
去年のクラスは、最後まで意見が衝突して何も出せなかったから、こういうのは今年が初めてだ。
忙しいけど、楽しい。
クラスがひとつにまとまっていくのがわかる。
世の中には悲しいことと楽しいことが同じ数だけある、と聞いたことがあるけれど
本当にそうであって欲しいと願う。
9月27日。
私は大勢の人たちに、石を投げつけられて逃げ回っている。
「違う、私じゃない」って大声で叫んでも誰も信じてくれる人はいない。
何よりギョッとしたのは、私の右手に血塗れの果物ナイフが握られていたことだ。
違う、これは何かの間違いだ、お願い、誰か信じて。
そんな夢だった。手のひらがまだ汗でべたついていた。
どうせならあの日からの出来事が、ただの悪夢であって欲しい。
早く私を現実に帰して欲しい。
9月28日。
あと1日で文化祭だったのに―――本当についていない。
大阪で女子高生連続殺人犯が捕まった。父と同じように、春を売っていた高校生を誘っては、人気の居ないところで殺害していたようだ。
当然のように、父の事件も比較の対象となる。
「東京で起きた事件と共通している点は―――」
無責任なレポーターがそう喋るたび、父の名前が画面に映る。
せっかく、事件の記憶が薄れようとしていた矢先に…コレだ。
玄関の向こうが騒がしい。また暇人達がやってきたのだろう。
また私に石を投げつけるのだろう。また私を冷ややかな視線で見つめるのだろう。
そうか、昨日の夢は…正夢だったんだ。
そう無理矢理に納得させようとしても、涙を止めることは出来ない。
父はもういない。母もここにはいない。私は独りだ。
独りで全てを受け止めなければいけない。
世の中は、不公平すぎるよ。
9月29日。
文化祭第1日目だった―――
楽しみにしていたのに。あんなに放課後残ったりして頑張ったのに。
9月30日。
文化祭第2日目。
朝、鏡を見たら顔は真っ赤で膨れ上がっていた。
とても悲しい夢を見ていた。悲しくて、辛くて、寂しくて、孤独な夢。
でも、現実よりは何千倍もマシな夢だった。