走る。走らなければ殺される。
僕たちは走って逃げていた。誰から?
いや違う。何から? さぁ、わからない。
でもつかまると殺されることだけは直感的に理解していた。
そして僕たちの存在理由はただ殺されるためだけに
あるのだろうということも直感的に理解していた。
「きゃっ」
Bちゃんが転ぶ。一瞬僕たちに動揺が走った。
けれども僕たちはすぐに走り出す。
Bちゃんは悲痛そうな叫び声をあげる。
でもBちゃんが立ち上がるまで待っている時間は僕たちにはなかった。
それに、こんなことを言うとBちゃんには悪いけれど、
奴らがBちゃんの死体を処理しているわずかな時間だけでも僕たちには必要だった。
「助けてください!」
Cが走りながら大声をあげる。僕だって大声をあげて助けて欲しい気分だった。
でもその声は誰にも届かない。そもそもここはどこだろう。
僕たちはずっと真っ暗闇の道を走り抜けているだけだ。
太陽は5日前に沈んだまままだ登ってこないし、登ってくる気配すらない。
それでもCは叫ぶ。
「助けてください!」
返事はない。この一帯はもう全滅しているのかもしれないし、
避難が済んでいるのかもしれない。よくわからない。なんでこんなことになっているのか、
なんで僕たちは逃げ回っているのか。そもそも何が起きたのか。
夢じゃないだろうかと僕は自分の頬をつねるかわりに思いっきりはたいた。
パーンという音が響く。痛みも、音も、いやにリアルだった。それでも叫ぼうとするCを僕は制した。
「無駄だよ。それに叫ぶと体力を使う」
どれだけ僕たちは逃げつづけているのだろう。
最初は20人ぐらいで逃げてきたはずが、
個体差の影響もあってもう僕を含めて7人しか残っていなかった。
いや、さっきBちゃんが死んだのでもう6人だ。体力はとっくに全員限界に来ていた。
走っているとはいえ、そのスピードはマラソンなんかよりもよっぽど遅い。
それでも追いつかれないのは僕たちを舐めきっているからなのか、
あるいはさっき倒れたBちゃんの処理にそれほど時間が掛かっているからなのか。
思考は身体の動きを鈍らせる。一瞬僕はよろめいた。
こんなことじゃ駄目だ。逃げ切ると決めたから。
必死で体勢を立て直して僕はまた走る。軸足が軋んだ音がしたけど、
まだ走らなければいけないと思った。
そして僕は考えることをやめて走ることに専念する。
僕たちの足音。僕たちの息切れ。
僕たちの足音。僕たちの息切れ。
背後から追ってくる音は聞こえない。でも安心したりしてはいけない。
まだ充分にBちゃんが生きているならBちゃんの悲鳴が聞こえてもいい距離なのに、
もう何も聞こえない。あぁ、まただ。僕は思考に気を取られたせいで再度よろめく。
思考しないと決めたのに、それ自体が思考になる。何も考えないことは難しい。
今度こそ僕はバタンと倒れこむ。みんなは僕を置いて走っていく。
そのスピードはとてもゆっくりに見えた。はや歩きでも充分に追い越せるスピード。
でも僕はそのスピードにすらついていけずこうやって倒れた。
動くことをやめた僕の足に何かが思いっきり刺さる感触がした。
電気的な痛みが脳髄を駆け巡って僕は大声を出そうとした。
だが、その前に喉元を何かで焼かれる感触がした。声は出なかった。
代わりにスーッと空気が漏れる音。次に僕の目の前は真っ暗になった。
視界も途切れた。僕は隣にBちゃんがいるのを感じた。
Bちゃんの後ろには、もうずっと前に殺されてしまったはずの僕の恋人がいるのを感じた。
あぁ、僕はもう終わったんだと思った瞬間、Bちゃんが耳元でささやいた。
鼓膜ももうとっくに焼かれてしまっているはずなのにBちゃんの声だけがやけにクリアに理解できた。
「まだ、5人残ってるよ」
僕はその言葉を聞いて、あぁ、そうだ、と何故だか思った。
まだ5人残っているから、僕は追いかけなくてはいけない。
僕を取り込んだ何かはさらに加速する。
この調子ならみんなが終わるのも時間の問題だと思った。
そういえば今何時だっけ、学校に行く時間じゃないっけ、
そうだ、学校に行かなくちゃいけない。唐突に僕の思考はどこかネジが外れ、
そしてもう何も考えられなくなって僕にとっての世界は今終わった。