2003年10月

■612 〜 ■616

 

[10月9日 第612話]

 

でもさ、女子高生が「募金にご協力ください〜」ってのは、卑怯だと思うんだ。

駅で、なんかね、一生懸命声あげて、「ご協力ください〜」って言ってるんですけど、

アレ、男なら、やっちゃうね。もう、ボッキーンって感じで。

だって、たった百円とか払うだけで、女子高生と話せるんですよ、じょじょじょ、じょしこうせいとですよ!

 

で、千円。

 

女子高生、歓喜の涙。

なんかもう、異様に感動しちゃったみたいで、僕も名前とか携帯番号とか聞かれちゃって、

で、僕が「名乗るほどのものではありません」と言いながら去ろうとするんですけど、女子高生は「待って!」と僕をひきとめて、

「僕も忙しいんだ、話ならそこのブティックホテルで聞くよ」とか言っちゃってウハハハハ

 

「ありがとうございましたー」

 

え? あの? そんだけ?

いや、何か、忘れてないですか? ほら、お礼、とか。 私をもらって、とか。 あれ? ホントに? 何もないの…? え? マジ?

 

気がついたら、女子高生はまた一生懸命「ご協力ください〜」とか言ってるわけで、

次の人とか、百円しか入れてないのに、僕と同じ待遇なわけで。

 

そんなわけで、僕はパン屋さんに寄って、パンの耳をもらおうとしたんですが、最近のパン屋さんはパンの耳すら置いてないんですね、ショボーン


[10月14日 第613話]

 

こう、独り寂しく歩いてましたら、前方にいた6歳くらいの小学校に上がったかそれくらいの少女が母親に向かって、唐突に

「シンデレラってね、死んでるんだよ。だって、『死んで、れら』だもん!」

 

ご存知の通り、シンデレラ、とは童話のひとつだ。

そして、魔法使いが現れてカボチャを馬車に変身させるシーンを見ても、この童話が事実を元にした話ではないことがわかる。

つまり、シンデレラという女性は元々架空の人物である、すなわち確かに「生きていたという記録」はない。

また、シンデレラという物語が書かれたのは、もうずっと前のことであるので、

仮にシンデレラのモデルが実在したとしても、その彼女が生きているはずがない。

つまり、シンデレラという存在は確かに現代においては死んでいるのだ。

だから、少女がシンデレラは死んでいるといったことは、この面では確かに正しい。

 

しかし、シンデレラ個人でなく、シンデレラというおとぎばなし全体を考えたとき、

この話はたくさんの人々に読まれ、親しまれ、そして記憶に残ったはずだ。

当時の辛い思いをしていた少女たちはみな、「いつか私にも魔法使いがやってきて私は王子様と結婚できる」と思っていたし、

形は違えど、現代においても「悲劇のヒロインは、いつか幸せになれる」という美しいドラマチックな図式は残っていた。

人々の心の中においては、シンデレラは生きているのだ。シンデレラという女性の、サクセスストーリー。シンデレラという女性の、生き方が。

 

それなのに、少女は、それを否定した。

シンデレラは、もういない、と。 我々が、シンデレラから得るものは、何もない、と。

 

僕は、僕なんかでは到底及ばない、少女の考えの深さに、半ば愕然としました。

そして、思ったのです。 日本だってまだまだ捨てたもんじゃない、と。


[10月17日 第614話]

 

友達が というサイトを見て、

 

「でもこれってオモレェけど、絶対ネタだよな。だってイマドキ大学生で童貞とか、いるわけねーじゃん」

「あはははは、あはは」

 

さて、クリスマスイヴも近づいて参りましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

僕は、「今年こそは幸せなイヴを!」をモットーに、今年の作戦を決定いたしました、それすなわち!

 

 ●イブ直前まで、必ず何かある!なんて信じない

 ●起こらないから奇跡って言うんです、なんて言わない

 ●去年と違って今年は、家族すらいない

 ●ケンタッキー、高くて買えない

 ●とゆうか、10月まで何もないくせに残り2ヶ月で何かあるなんて、原理的にあり得ない

 

えーっと、今年もやります、リアルタイム更新。


[10月19日 第615話]

 

電話帳で無差別に番号を選んで、電話を掛けて、

「あ、もしもし、お宅のお嬢さん、アメフト部のマネージャーで公衆便所になってますよイーッヒッヒ」

とかね。 うん、今なら言えそうな気がする。


[10月25日 第616話]

 

前に買ってきた、ふたりえっちがなんかパリパリしてました、ぺっこん(凹んだ音)


 

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