75日間の手記---10月。

10月1日。
文化祭の振替休日。ってことは、外を歩けば誰かに会うかもしれない。
何もすることがない。何もする気になれない。
時間が重くのし掛かってくる。もうあれから1ヶ月が過ぎたというのに。
10月2日。
人間は5日あれば自殺できる。
ロミオとジュリエットは5日目に自殺した。
私は何日目になら死ねるだろうか。
10月3日。
学校が始まった。11月の修学旅行が終われば、もう受験の準備を始めなければいけない。
でも、私は大学へなんて行けない。行けなくなってしまった。
高卒での働き口なんて今はほとんどない。私は生きていけるのだろうか。
10月4日。
一日中、ベッドで横たわる母の隣にいた。
ときおり何かうめき声をあげる他は、なんにも喋らない。
静かな吐息の音が、虚しく耳をかすめていく。
母は私のことなどもう目に入っていない。
お願いだから―――私を見てよ
10月5日。
ウサギが1人じゃ生きられないように、人も1人じゃ生きられない。
ウサギが1人じゃ生きられないように、私も1人じゃ生きられないのに。
10月6日。
昼の2時に起きて、何もすることがなくて。
時間は無駄に流れていく、わかっているのに何もできない、何もさせて貰えない。
10月7日。
仏滅。
朝のワイドショーで詳細な東京と大阪の事件比較があった。
大阪の人は女子高生にしか手を染めてなくて、父は中学生まで手に掛けていた。
中学生だから、高校生だからってどんな違いがあるのだろう。
ただ年齢が若いから、それだけで父の方が悪人にされている。
父のしたことは許されることじゃないけれど―――やっぱり辛い。
10月8日。
2学期に入ってからほとんど学校へ行ってないから単位がやばいと、担任から電話が来た。
留年して、父の為だけに1年も無駄にするのは嫌だ。
一度目はどうにかなった。でも次もどうにかなるとは限らない。
10月9日。
結局私は、父のことを理由にして逃げているだけなのかもしれない。
10月10日。
学校へ行った。
思っていたよりも風あたりは酷くなかった。
ただ、クラスの後ろに飾ってあった学園祭のときの看板が、やけに目に染みた。
10月11日。
ずっと電話もメールもしてくれなかった彼から、メールが入った。
放課後に屋上で会おうって書いてあった。
退屈な授業も、彼に会うためだと思えばいい。
でも、放課後、屋上へ向かおうとすると立入禁止の札が掛けてあって、入ることが出来なかった。
なにもかもが私の邪魔をする。なにもかもが私の存在を否定する。そんな気がしてならなかった。
10月12日。
「なんで来なかったんだよ?」って、電話で訊かれて
「立入禁止になってたから」と返事するのもなんだか恥ずかしかったから
「明日は絶対行くから」とだけ応えた。
立入禁止の障害物を越えて、鍵の掛かっていないドアを開けて屋上に上がると、
そこには彼が居てくれた。―――でも笑ってはいなかった。
後ろから、不良の先輩達が何人も出てきて、「本当に良いんだな?」って言った。
彼は「いいっすよ、どうせ傷物なんすから」とだけ言った。
悲しかった。泣きたかった。叫びたかった。
でもそれすらも私には許されなかった。
「どうせ傷物なんすから」
抵抗しても無駄だった。相手は大の男が5人。敵うはずがない。
「どうせ傷物なんすから」
彼の言葉だけが頭の中に現れて、消えて、また現れる。
最低。
涙が頬を伝っていく。
男達は私の涙に興奮したようだ。
最悪。
もう死にたい。
10月13日。
彼に捨てられたんだ。
わかってはいた。覚悟はしていた。
でも、あんな終わり方はないんじゃないだろうか。
―――生きていても、何にも良いことなんかありゃしない。
10月14日。
母は、まだ死んだように眠っている。
母は、私が一昨日何をされたかなんて知らないのだ。
いや、知らない方が良い。知らないで済むのなら知らない方が良い。
私も忘れてしまいたい。何があって、何が起きたのかなんて。
10月15日。
身体がだるくてたまらない。
とりあえず学校には行ったけれど、一時限目からずっと保健室で休んだ。
保健室のベッドは、消毒液の冷たい匂いがした。
人は幸せになるために生きている、って言うけれど
私にも幸せになる権利はあるのかな?
保健の先生にバレないように、小さな声で泣いた。
―――でも、本当は気付いて欲しかった。
10月16日。
廊下で彼とすれ違うたび、あのときのことが思い出される。
廊下で彼とすれ違うたび、あのときの言葉が浮かんでくる。
私に出来るのは、精一杯彼をにらむだけ。精一杯彼を憎むだけ。
どんなにらんでも、どんなに憎んでも、それは虚しいだけ。そんなこと知っているのに。
10月17日。
携帯のメモリから彼の名前を消した。
ボタンを数回押す。たったそれだけの作業なのに涙が出た。
楽しかった想い出と、この間の出来事が交錯する。
いつから私たちの歯車は噛み合わなくなっていたんだろう。
10月18日。
クラスのみんなはもうこの間のことを知っているようだ。
だからってそういう同情と好奇心の混じった目で見なくてもいいのに。
10月19日。
仲良さそうに校門をくぐっていくカップルたち。
私たちもほんの1ヶ月半前まではああいう当たり前の恋人達だった。
もう彼のことは考えないと決めていても、気が付くと彼のことを考えていた。
最初は優しくて、一緒にいるだけで楽しくて。でも今はもう違う。もう違うんだ。
10月20日。
どうせ午前中しか授業はないと思うと学校へ行く気にもなれなかったので、母の入院している病院へ行った。
この間は気付かなかったけど、母の身体には無数の点滴が刺さっていた。
この管を通っている半透明の液体だけが、母の命を支えていると思うとなんだかやるせなかった。
10月21日。
点滴を受けている母は、もう既に母ではないように見えた。
母が私に何が起こっているか知らないように、私にもまた母をどうすることもできない。無力だ。
10月22日。
中間テスト1日目。
インテグラルとか言われても、授業を受けてない私には全然なんのことかわからない。
どうやら数学は追試になりそうだった。
10月23日。
中間テスト2日目。
みんながため息混じりに「難しかったね」とか言っていても、私にはその会話に入る資格はない。
10月24日。
中間テスト3日目…だったけど、なんだか受けるだけ無駄な気がして学校へ行けなかった。
テストって何のためにあるんだろう。
私みたいに事情があって学校へ行けなかった生徒を疎外するために存在しているのだろうか。
10月25日。
中間テスト最終日。
赤点の数を数えるのが怖い。出席日数も足りていないかもしれない。
結局私は父のせいで1年を丸ごと棒に振ることになるのだろうか。
10月26日。
病院から電話があった。
ほんの一瞬のことだったらしい。看護婦が目を離したその一瞬に、母は屋上から飛び降りたそうだ。
6階建ての病院の屋上から飛び降りて当然無事なはずはない。―――母は死んでしまった。私を置いて、先に。
お通夜があった。
祖父母と、私と…。それだけだった。
他の親族たちは誰も来てさえもくれなかった。
仲の良かったはずの従姉妹も、毎年お年玉をくれた叔母さんも。
犯罪者の家族の葬儀なんてこんなものなのだろうか。
父が恨めしい。父が憎い。父が許せない。
父があんなことさえしなければ母が死ぬこともなかった。
父があんなことさえしなければ私がこんなに苦しむこともなかった。
でもその憎むべき相手は今ここにはいない。
10月27日。
母の葬儀が行われた。
母が悪いことをしたわけじゃない。私が悪いことをしたわけでもない。
それなのに、誰も母の死を悲しんではくれない。
人の価値はその人の葬儀にどれだけの人が来るかで決まる、と聞いたことがあるけれど
もしその言葉が本当なら、誰も追悼に来てくれない母の価値はいったいどれほどのものだというのか。
母の遺骨は、小さな小さな壺に入れられた。
死んでしまってからも、こんな小さな入れ物にぎゅうぎゅうに押し込まれてしまった母が不憫でならなかった。
10月28日。
私は独りだ。
病院へ行っても、見舞う相手はもういない。
携帯に連絡をくれる相手ももういない。
私は独りになってしまった。
10月29日。
私は何のために生きているのだろう。
私は誰のために生きているのだろう。
どこにも意味を見いだせない。
10月30日。
どんなに小さな意味でもいい。どんなに小さな理由でもいい。
私が生きる意味が欲しい。生きる理由が欲しい。
10月31日。
せめて誰かが側に居てくれて、優しい言葉を掛けてくれさえすれば。
その一言でどれだけ楽になることだろう。どれだけ救われることだろう。