yapeus! 
2002.10.20 Sunday 21:40:13 ロングラブレター


「こんなんもらっちゃいました」
「なにそれ。ラブレターとか?」
「正解」
「げ、マジで!?」
「靴箱に入ってたね、朝来たら」
「お前って実はモテんの?」
「いやいや、初体験」
「で、誰から?」
「それがわかんねぇから相談に来てるわけ」
「見ていい?」
「いいよ」

「とりあえず文字は女の子っぽいね」
「そりゃあ男からのラブレターはキモいし」
「違う違う、偽ラブレターの可能性が低いね、ってこと」
「あぁ、そういうことね」
「でも最近は女の子に文章書かせる手法も流行ってるからね」
「流行ってんの!?」
「ありえなくはないよね」
「じゃあどうやって判断すんだよ」
「ってかさぁ、これってお前の名前書いてないよね」
「あ、ホントだ。全部あなたって書いてる」
「ってことは、別の人に渡すつもりだったのに入れる靴箱間違えたって可能性もある
よね」
「あのさ、そんなに否定しなくたって」
「それに、この待ち合わせ場所も怪しいよね」
「なんで? 靴箱の外の倉庫でしょ」
「だってさ、ほら。窓から見えるよね」
「見えるね」
「普通さ、待ち合わせ場所にそういう人の多い場所選ぶかな」
「選ばないね」
「じゃあ逆に偽ラブレターだったら、上から確認できると楽だよね」
「うっ」
「ほら、メル友で女の子と偽って待ち合わせして放置プレイするのが流行ってるじゃ
ん?」
「流行ってんの!?」
「ありえなくはないよね」
「ってことはやっぱりそれ偽者なわけ?」
「さあ」
「さあって言われても」
「本物だったら、それ出した女の子めっちゃ傷つくよね」
「じゃあ俺、どうすればいいわけ?」
「それは自分で考えなきゃ」
「楽しんでるでしょ」
「うん、すごく」

2002.10.21 Monday 22:30:56 氷結時代


「もしかしてギターとか弾けたりすんの?」

音楽の授業の一環として、僕たちはグループごとに分かれて演奏会をすることになっ
た。
と言うのも、音楽選択生には昔バンドを組んでいたり、組もうとしていたインディー
ズ崩れがたくさんいたわけで、
まぁ、かくいう僕もその1人なわけで、僕は適当にベースとドラムとボーカルを見
繕ってなんか演奏してやろうとか思っているのだった。

「あんま上手くねーけど、弾けなくはねーよ」

人よりは上手いという自惚れはあるのだが、そこは日本人なので、僕は謙遜してみせ
なければならない。
とりあえず、あんまり上手そうに見えないように適当にジャーンと爪で鳴らしてみ
る。
EとDが混じったような微妙な音になった。汚い音ではないが、綺麗な音でもなかっ
た。

「あんまり上手くなさそうだね」

高山さんはそんな僕の策略にまんまとはまってくれたようで、
あぁ、そうだ。演奏会当日に僕のあまりの腕に感服して惚れてしまうがいいと思う。
でも本当にへたくそだと思われていると思うと少し癪に障るので、僕は出血大サービ
スで何か弾いてあげることにした。

「なんか弾いてあげようか?」
「なんでも弾けんの?」
「弾けそうに見える?」
「見えないから簡単なのにするね。えっとー」
「いや、別に簡単じゃなくても良いけどね」
「ラジオアイソトープって知ってる?」
「知らなくはないけど」
「じゃあ、氷結時代って弾ける?」
「あー、歌詞知らないや」
「じゃあ歌うからさ」

ラジオアイソトープってのは、どうやら最近こっちの方でちょっと人気が出てきたバ
ンドのようで、
特に女の子に人気があるところを見ると、きっとビジュアルが良いのだろう。
僕はあんまり好きじゃなかったりするのだが、女の子の話題についていくためには一
応聞いておかなくてはならないわけで、
歌詞も曲も中途半端だとは思うけど、ギターのヤツは上手いと思った。ボーカルは
ちょっとナルシストが入ってるとも思った。
氷結時代という曲は、結構簡単な曲というか単調な曲で、確かにエレキギターを使う
のならソロとかかなり難しいのだけど、僕は今アコースティックギターを手にしてい
るわけで、
あんまり上手いと思われても困るので、とりあえずコードを順番に鳴らしていくこと
にした。

C、F、G、C

これを繰り返すだけだから単純なものだ。サビになったら半音あげてやればいいだけ
だ。
そんな僕の演奏に合わせて高山さんが歌い始めた。
あんまり好きな曲ではないのだけど、高山さんが歌うとなんだか良い曲に聞こえる気
もした。
やっぱり歌謡曲だったら男ボーカルより女ボーカルに限ると思う。いや、やっぱりそ
うでもないかもしれない。

「へー、歌うまいんじゃん」

歌ってる高山さんに向かって話し掛けてみる。もちろん演奏は続けたままだ。

「全然。私よりよっぽどトモヨの方が上手いしさ」

高山さんはそう答えて、片桐さんの方を向くと歌うのをやめてしまった。仕方がない
ので、僕も演奏をやめてギターを置いた。
とりあえず、へたくそだという認識は捨ててくれたことだろう。多分、きっと。

「なに、呼んだ?」

向こうで楽譜を見ていた片桐さんが楽譜を手に持ってこっちにやってきた。
片桐さんは顔が小さくて、大人しめで、足が細くて、背はそんなに高くないと思う。

「トモヨって歌うまいよねー、って話してたの」
「上手くないし」

片桐さんは片桐さんできっと、高山さんよりは上手いと思っているのだろうが、そこ
は日本人なので、
謙遜してみせなければならないのだろう。
とりあえず、僕は彼女の実力を見せてもらわなければならない。
じゃないと片桐さんと高山さんは一体どっちが歌が上手なのかという疑問の答えが出
てこないからだ。

「じゃあさ、今度カラオケ行こうよ」
「別にいいよ」

片桐さんは誘うと大概オッケーしてくれる人なので、多分大丈夫だろうと思った。
でもあとでよく考えたら、高山さんまでついてきてしまうわけで、まぁ、でもそれで
も良いと思った。

2002.11.13 Wednesday 16:35:05 赤提灯の店


「はい、いらっしゃい」
「どーも、今日は砂ずりある?」
「砂ずりはさっき売れたねぇ、小学生の大群が来てさ」
「結構売れてるみたいっすね」
「いやいや、昔に比べると全然。今は3万あがるかあがらないかが精一杯よ」
「へぇ、それで手取りはいくらぐらい?」
「それは秘密」
「じゃあとりあえず、モモ2本と皮を2本」
「あいよ、塩とタレどっち?」
「半分ずつ」
「あいよー」
「いつも思うんだけど、当たり前だけど手つき慣れてるよね」
「3年もやってりゃ慣れる」
「それまでは何やってたんすか?」
「フランス料理」
「ハハハ」
「今、嘘だと思っただろ」
「マジっすか?」
「おう、マジよ。こう見えてもフランス料理の調理免許持ってるんだから」
「へぇ、じゃあなんで焼き鳥の屋台さんに?」
「料理長と意見が衝突してね」
「またまた」
「信じてないだろ」
「マジっすか?」
「俺は嘘は言わんよ」
「じゃあ焼き鳥なんて簡単でしょ、フランス料理と比べたら」
「そんなこたぁない。焼き鳥は一番難しいんだ」
「屋台業で?」
「料理会全般で」
「いやいや、フランス料理の方が絶対難しいから」
「フランス料理は適当に作ってもお客さんは勝手に納得するでしょ。本当の味知らな
いから」
「なかなか食べる機会ないしね」
「でも焼き鳥は違う」
「良いこと言うね」
「みんなが焼き鳥の味を知ってるから、手を抜いたり適当に焼くわけにはいかんのだ
よ」
「そろそろ焼けてない?」
「あ、ほんとだ」
「いくらだっけ?」
「税込みで360円」
「税込みっての強調するよね」
「世の中の風潮に逆らってんだよ。必死でな」
「単に1円玉とかめんどくさいだけっしょ」
「そういう悲しいことを言う大人にはなるなよ」
「ハハハ、じゃあ次こそは砂ずり残しといてよ」
「おう、じゃあな」

2002.11.20 Wednesday 20:47:48 カモとネギとオフ


彼女と初めてメールを交わしたのは、二年前のことだった。
当時、僕は社会人二年生で忙しい仕事にもようやく慣れ始め、余裕が出来たころだっ
た。
そんな余裕のせいだろうか、それとも寂しかったせいだろうか、僕が何気なくメル友
募集の掲示板を見ていると、そこに彼女のハンドルがあった。
彼女のハンドルはヒロ、初恋の先輩と同じ名前だった。

顔を知らない人にメールを送るのは初めてだったので、緊張しながら、たどたどしい
文章でメールを書いた。顔文字もかっこ笑いもない、そっけない文章だった。
彼女からの返事は案外すぐに帰ってきた。自分は名門女子高の生徒で高校一年生だと
書いてあった。

しばらくメールを交換したあと、彼女と会うことになった。
約束どおり、週刊誌を手に持って待っていると制服の彼女がやってきた。
近くの喫茶店に言って、照れながら自己紹介をした。彼女は慣れていて緊張もなにも
していないようだった。
今日は休みなのになんで制服なの、と聞いたら彼女は、制服を喜ぶお客さんが多いか
ら、と答えた。
制服の女子高生と一緒にいると援助交際に見られるよ、と言うと彼女は、だって援交
じゃん、と言った。
夜になったので、そろそろ帰るよ、と言うと彼女は、やらなくていいの、と聞いた。
そんなつもりで会ったんじゃないから、と言うと彼女は微笑んで、じゃあまたね、と
言った。

「おはよ」
「あ、おはよ」
「とりあえずこのあいだのトコ行こっか」

次に会ったときは、彼女は私服だった。清楚そうだった前回とは違い、活発な雰囲気
を感じた。

「それ、私服だよね」
「うん。この間制服イヤって言ったじゃん」
「別にイヤとは言ってないよ。名門だしね」
「私? 都立だよ」
「あれ、名門って言わなかったっけ?」
「最初はそういうことにしてるの。制服はもらいモノだし、生徒手帳は偽造」
「なんで?」
「だって足がつくじゃん。援交の」
「そっか。ちなみにいくらだったりする?」

彼女は悪びれもせず、でも少し困ったような顔をしてみせて、手のひらを開いて僕に
突き出した。

「五千円?」
「私はそんなに安くありません」

彼女は楽しそうな顔で続けた。

「五千円にまけてあげようか?」
「いいよ、そんなつもりないし」
「じゃあなんで出会い系とかやったの?」
「なんでだろ」
「出会い系、初めてでしょ」
「さあね」
「文章が下手だったもん」
「そうかなぁ」
「でも逆に誠実そうな感じがしたよ。素直そうで、すぐにお金取れそう」
「カモってこと?」
「そうそう、カモ。油断してると私にお金取られるよ」

彼女はまた笑いながらそう言って、そして立ちあがった。

「これから、別のお客さん入ってるから、行くね」
「あ、そっか。じゃあまたね」
「ここは私が出すよ」

年下におごらせるなんてかっこわるいよ、と言おうとしたが、彼女はもうピンクのサ
イフから千円札を出してしまっていた。

「もう出会い系なんてやめろよ」

出ていく直前にそう言い残し彼女は走っていった。
それから何度か彼女にメールを送ったが、返事は帰ってこなかった。
きっと彼女は、別のお客さんと今日も寝ているのだろう。
それとも今ごろは、世間の荒波にでも揉まれて受験生ライフに苦しんでいるのだ
ろうか。
彼女の忠告を無視して、今でもときどき彼女のいた掲示板を見ることがあるのだが、
もちろん彼女の名前が見つかることもなく、僕は力なくPCの電源を落とすのだ。

2002.12.03 Tuesday 21:15:54 11月26日


「ふたご座でしょ、金銭運1、健康運2、恋愛運1」
「ってそれ、結構ヤバくない?」
「デートにはかなり多めにお金を持って行きましょう。ケチケチすると二人の間に溝
が。うわぁ」
「デートに誘う相手もいないから別に良いんですけれども」
「そうですか。ユッコって何座だっけ?」
「11月生まれ」
「うーん、さそり座かいて座か。さそり座だったら相性最悪で、いて座だったら相性
抜群だね」
「じゃあ、きっとさそり座だね」
「うん。そう思う」
「少しはフォローして欲しいなぁ」
「はいはい、最近上手くいってないみたいじゃん」
「上手くいってませんよー、もう全然」
「受験勉強のせい?」
「そういうことにしとくよ」
「人のせいにしない! 悪いのは自分でしょが」
「いや、俺のせい?」
「もちろん」
「なんでそうなるかなぁ」
「誕生日、忘れてたでしょ」
「だってさぁ、すっかり忘れてたんじゃん。ってか、それとなく催促してくれれば良
かったのに」
「ユッコはそういうキャラじゃない」
「まあね」
「かわいそうに、せっかくの誕生日だったのにね」
「ちゃんと昨日あげたよ。なんかふわふわした雪だるまのストラップ」
「一週間遅れだけどね」
「なんか今日冷たくない?」
「べーつに」
「怒ってるでしょ」
「怒ってないよ。別に優柔不断だからってユッコは悩んでもないし、誕生日すら覚え
ててくれてないのかなーなんて愚痴メールもらってもないしね」
「ごめんってば」
「アンタらの関係と掛けて、小宮通りの信号と解く」
「その心は?」
「すぐ黄信号」
「だからごめんってば」
「私に謝るよりも、ユッコに謝ってあげたら?」
「どうすればいいと思う?」
「かなり多めにお金を持ってデートに誘ってあげたら?」
「だって恋愛運最悪だし」
「でもやらないよりマシっす」
「じゃあやってみますか」
「勝手に頑張ってください」
「なんか今日冷たいよね」
「なんてったってセンターまであと46日だからね」
「それあんま関係ないと思う」
「ま、次も誕生日忘れたりしなけりゃ、なんとかなるんじゃない?」
「なんとかなるの?」
「ならない、なります、なるとき、なれば、なろう」
「やっぱりさー、今日冷たいよね」

2002.12.20 Friday 22:36:37 イブ^5


すっかり出すのを忘れてしまっていた化学の提出物を出して教室に戻ってくると、
推薦ですんなりと合格を決めた岡谷が話し掛けてきた。

「吉ティー怒ってた?」
「んにゃ、全然」
「じゃあ俺も出そうかな、まだ間に合うかな」

吉田先生、吉田ティーチャー、略して吉ティー。
こんな呼び名が継承されてきている我らが高校もどうかと思うが、
提出期限を1ヵ月以上も過ぎた実力テストのやり直しを出す僕もどうかと思うし、
まだ間に合うかな、などと悠長なことを言っている推薦ですんなりと合格を決めた岡
谷もどうかと思う。

「お前は出さなくていいよ、もう合格してるし」

僕なりの精一杯のやさしさと皮肉を込めて岡谷に文句を言った。
岡谷は何か言いたげな顔をしたが何も言わなかった。
ここで文句を言うことが、クラスの雰囲気を悪くするということを本能的に知ってい
たのだろう。
こういうところでは自分の立場を理解していて少しは偉いと思わなくもない。

「いいなぁ、岡谷くんはもう合格してるもんねー」

そういう発言がクラスの雰囲気を悪くすることに気付いていない一ノ瀬さんはそんな
不平を言った。
いや、それとも一ノ瀬さんのことだから雰囲気を悪くするつもりで言ったのかもしれ
ない。
案の定、教室に残って勉強をしていた人たちは一瞬だけだが岡谷の方を向いた。
文句を言いたくて溜まらないに違いない。ここは僕が彼らの代弁をしてやるべきだろ
う。
なんにせよ一ノ瀬さんには要注意だと思う。

「最近勉強してる?」
「してないしてない。ここ一週間くらい全然」

どうやら岡谷には最初からクラスの雰囲気など眼中になかったらしい。
谷口が、これ見よがしに大きな舌打ちをして、やっと岡谷も気付いたようだ。

「いや、超してる。一日五時間くらい」

いまさら言ってもどうにもならないと思うのだが、岡谷は本当に嘘が下手だと思う。
岡谷が嘘をつくと、必ず目の焦点が合わなくなるのだ。でも岡谷は普段から目の焦点
が合っていないので、
真実か嘘かを見分ける術はない。

「ってか、クリスマスまでもう四日だよね」

岡谷をさりげなく無視し、一ノ瀬さんに問い掛けた。

「クリスマス、じゃなくてクリスマスイブ、でしょ? 日本人ってなんか間違ってる
よね」
「どっちでもいいじゃん」
「そういうこと言ってるから、いつまでたってもC判定しか取れないんじゃない?」
「そういうこと言うかなぁ」

一ノ瀬さんはときどきさらっとひどいことを言うと思う。
横では岡谷が小さくなって教科書をスポーツバッグにしまっていた。
スポーツバッグを略してスポバと言うのはどうかと思う。

「クリスマスにご予定は?」
「八時から勉強して、九時から勉強して、十時から勉強します」
「ハードスケジュールだね」
「そりゃあね」
「彼氏と過ごさないの?」
「私に彼氏はいるの?」
「いや、いるのって聞かれても」

一ノ瀬さんは僕をバカにしたような顔でふーっとため息をついて、脇においてあった
自分のスポーツバッグを手にとった。
参考書がたくさん入っているのだろう、岡谷の薄っぺらなスポーツバッグよりよっぽ
ど重そうだ。

「そもそも、クリスマスとは、かのイエスキリスト様がこの世に生を受けた素晴らし
い日なのです」
「神話上そういうことになってるね」
「そうそう、だから決してクリスマスイブとは男女がイチャつくための日ではないの
です」

僕はそう言うと、両手を合わせてアーメンと大げさなジェスチャーをした。

「そうだね、そういうこと言ってるからいつまでたってもC判定しか取れないんじゃ
ない?」

一ノ瀬さんはそう言うと、両手を合わせてアーメンと大げさなジェスチャーをして、
岡谷に小さくバイバイと言うとそのままタタタと出ていった。
本当に一ノ瀬さんはさらっとひどいことを言うと思う。
一ノ瀬さんは口が悪くなければ、かなりモテると思うのに。

2002.12.22 Sunday 17:42:43 イブ^3


「はい、ミックスで良いんだよね」
「うん、ありがとう」
「でもさ、普通冬にソフトクリームとか食べる?」
「何言ってんの。冬だからソフトクリームなんだよ」
「普通は夏だよね」
「夏にソフトクリームなんて邪道だよね」
「それ間違ってるよね」
「違うよ。この寒い中、冷たいソフトクリームを食べて、あー、やっぱりなんかあっ
たかいのにしとけば良かったなー、って後悔するのがソフトクリームの醍醐味じゃ
ん」
「あのさ、俺のおごりで後悔されると悲しいんだけど」
「じゃあ一緒に後悔してみる?」
「遠慮しとくっす」
「そう? 残念だなぁ」
「片桐さん、イブは予定とか入ってんの?」
「入ってるよ」
「彼氏と?」
「彼氏いないし。バイトだよ」
「イブなのにバイト?」
「イブだからバイトなんだよ」
「普通イブにはバイト入れないっしょ。はずせなかったなら別だけど」
「替わってあげた」
「うわー優しい」
「だって、イブの方がバイト代高いじゃん」
「そうなの?」
「イブは時給2000円だってよ」
「うわ、高っ」
「みんな嫌がるし、忙しいしね」
「何のバイト?」
「ケーキ屋さん」
「あー、納得かも」
「明日は?」
「七瀬先輩とデート」
「七瀬先輩って受験だよね」
「受験らしいね」
「デートしてる暇あるわけ?」
「あるんじゃない。休憩入れた方が効率いいしね」
「昨日は?」
「川口くんとデート」
「やっぱりモテてるね」
「そんなことないっすよ」
「ま、失敗しないように頑張ってくださいな」
「失敗したらちゃんと責任とってもらうから大丈夫」
「もしかして俺?」
「いえす、ゆーでぃど」
「過去形ってなんか嫌なんすけど」
「ま、そんな日もあるってこった、だよね?」

2003.03.01 Saturday 23:49:05 隣座った君に恋してる


校長先生の話はいつもどおり長かったし、PTA会長の話は文章がこなれていない。
一ノ瀬さんの答辞は感動したけど、松山の送辞はなんだかうそ臭い。
でも、そういうのを全部含めて卒業式なんだろうな、って思った。
最後のホームルームで、教え子と結婚した室井先生は、大方の予想通り泣かなかっ
た。
僕はきっと泣くと思っていたので少し拍子抜けしたけど、室井先生なりに泣かないよ
うに努力したのだろうと、好意的に解釈してあげることにした。

「ほら、やっぱり泣かなかったじゃん」

ホームルームが終わったあとに、一ノ瀬さんがしてやったりといった顔で話し掛けて
きた。
当の本人の室井先生は教壇の前で何人かの生徒に写真をせがまれているけど、確かに
泣きそうな様子はない。最後なんだから少しぐらい泣けば良いのに、と思う。

「違うって、あれ絶対我慢してるって」
「我慢してるとか我慢してない、じゃなくて泣いてないじゃん。それに我慢してるよ
うには見えないよね」

一ノ瀬さんは論理的な口調で男子に追い討ちをかけるのが好きだ。女子には絶対そん
なしゃべり方はしない。もしかしたら小さな頃に何かあったのかもしれないが、それ
を尋ねようとしても上手くはぐらかされるに違いないし、痛いところを突かれるに決
まっている。

「はいはい、俺の負けで良いよ」
「うん、負けね。何か罰ゲームしてよ」
「いや、そんな約束してないし」
「いーじゃん、そんな堅いこと言うなよー」
「じゃあ冷やし中華おごるよ」
「この寒いのに?」
「寒いから」
「なかなか良い性格してるよね」

正直、一ノ瀬さんにそんなこと言われたくないと思ったが、口に出すとまた痛いとこ
ろを突かれるので、ここは何も言わない方が懸命だと思う。

「一ノ瀬さんの方が良い性格してるよね」

でも、言った方が面白いと思う。

「うん、そういうと思った。ってかさ、私の答辞聞いてた?」

軽く流されたことに少し拍子抜けしつつも、僕は相槌を打つことにした。周りの連中
は、さっき配られた卒業アルバムを片手にクラスメートと交換し合っている。どうや
らアルバムの最後のほうの白紙のページに、メッセージを書き合っているようだ。僕
は女子には「人生、七転び八起き」、男子には「人生、七転八倒」と書くことにし
た。

「ちゃんと聞いてたよ」
「どうだった?」
「感動したよ」
「ほんとに?」
「18年生きてきて、一番感動したね」
「じゃあ二番目に感動した出来事は?」
「モーニング娘。の解散コンサート」
「え、いつのまにか解散してたんだ。知らなかったー」

多分一ノ瀬さんは、アイドルとかそういうのに疎いので、これは罠でもなんでもなく
素で知らなかったのだろう。
珍しくびっくりした表情をとる一ノ瀬さんは、不覚にも可愛く見えてしまった。

「もう卒業だね」
「うん。もう顔合わせなくて済むんだね」
「なんでそういうこと言うかなぁ」
「次に顔合わせるときは成人式のあとの同窓会だよね」
「一ノ瀬さんが子連れで来たらすごく面白いと思う」
「私も面白いと思う。親戚の子供でも借りて行こうかなぁ」

三人くらいの女子に囲まれて、アルバムに何か書いていた、推薦で合格した岡谷が
こっちに気がついたようで、近づいてきた。

「一ノ瀬さん、答辞かっこよかったよ」
「うん。ありがと」

岡谷は僕が座っていた椅子を半ば強引に奪うと一ノ瀬さんと二人で談笑をはじめた。
独りはみ出てしまった僕は、少しムカッときたが、今日は卒業式なのだからわざわざ
怒ることもないだろうと思った。
卒業式の日なのにぐずついた天気と、「このような良い天候の元で、」とスピーチを
した校長のハゲ頭が妙にマッチしていて、僕の頭から離れなかった。
好きな人に告白すれば良かったとも思ったが、今日は卒業式なのだからわざわざ振ら
れることもないだろうと思った。とにかく、僕はもう高校生ではないのだ。

2003.05.15 Thursday 01:32:04 飾らない衣装と動かない映写機


「もしもし、どうした?」
「んにゃ、別に。なんで同窓会出なかったのかな、って思って」
「あ、やっぱりあったんだ。ハガキ届かなかったから知らなかったよ」
「赤ちゃん可愛かったでしょ」
「あぁ、あれさ、誰の赤ちゃんなの? 同窓会の案内に赤ちゃんの写真とか結構ウケたんだけど」
「やっぱり届いてんじゃん。ちなみに菊地くんのだよ」
「あー、言われてみればなんかわかるかも。そういえば同窓会には子連れで行くとか言ってたよね」
「つれてきてたよ」
「奥さんは?」
「つれてくるわけないでしょ」
「嘘」
「なぁんだ、やっぱり知ってんじゃん」
「別に、そんな気がしただけ」
「だから来なかったの?」
「別に」
「まだ引きずってるの?」
「別に」
「そっか。大きな夢抱えて東京に飛んでった押川くんも帰ってきてたよ」
「へぇ、大きくなってた?」
「ううん、普通」
「普通のサラリーマン?」
「んにゃ、ただのフリーター。今は居酒屋で働いてるらしいよ」
「押川らしいね」
「一応まだ土日には駅前でストリートやってんだってさ」
「そっか、いいんじゃん? 好きなことやってれば」
「そんなこと言ってさ、内心バカにしてるでしょ?」
「バーカ、羨ましがってんだよ、やりたいことやれてさ」
「やりたいことやんないの?」
「おう、やらねえぞー」
「なんで? やれば?」
「そういう河山さんこそさー、なんかやりたいことやってんの?」
「別に」
「なんでやんないの?」
「そりゃあね、生活が苦しいもんね。最近はバイトする暇もないし」
「人のこと言えないじゃん」
「いいのー、私は。夢見る乙女はドロップアウトしたの」
「ちなみに何やりたかったの?」
「笑われるから言わない」
「そっか、じゃあいいよ」
「気にならないの?」
「ならない」
「わかった、ごめん。言わせて」
「はい、どうぞ」
「女優」
「あー、AV女優ね」
「違うから」
「やればいいじゃん。河山さんならカメラ映えとかもすると思うよ」
「そういう問題じゃないの」
「だろうね」
「三村くんこそ何がしたかったの?」
「笑われるから言わない」
「言え」
「映画、映画撮りたかったの」
「あー、AVね」
「違うから」
2003.12.06 Saturday 16:47:42 焦燥するモラトリアム


ハンバーガーとバニラシェイクを買って、二階窓際の席に座る。
ちょうどシェイクが半額なので、僕にとても優しいと思う。
この、どろりと無駄に濃くて、のどが乾く感が、僕はとても好きだった。正直、これは100円以上の価値がある。でも200円の価値はないのがポイントだ。

「あー、なんでいきなり出席取り出すわけ? 話が違うじゃん」
「ルール違反だよなー、つか、それ申告しないでよかった」
「俺もしなきゃよかったなー、どーせテストとれねーんだし」

近くのテーブルに座っていた大学生が騒いでいる、男3人に、女3人。
彼らにとっては他愛のない単位申請の話なのだろうが、一度受験に失敗した側としては、遠い別世界の話に聞こえる。
そんなときに限って、ハンバーガーのケチャップがはみでてて、僕の指はケチャップまみれになるのだから、神様は僕にとてもやさしくないと思う。

「あれ、朝倉先輩じゃん、ひっさびさー」

手のひらのケチャップと格闘していると、うしろから馴れ馴れしく声を掛けられた。
制服の女の子と、男の子が1人ずつ。声を掛けてきたのは女の子の方だった。

「うわ、片桐サンと三村じゃん、超久々じゃないっすか、なにしてんの?」
「いや、デートしてって言われたからデート」
「ってか、朝倉先輩こそ、こんなとこで勉強してるんすか?」
「勉強してる風に見える?」

僕はケチャップのついた手を見せて反論した。
片桐さんは、大人しめで、足が細くて、背はそんなに高くない。
しかし三村もそんなに背が高い方じゃないので、二人の身長差は10センチと言ったところだろう。
これくらいが理想的な身長差だと思う。
僕と片桐さんが並ぶと多分20センチくらい差があるので、僕らが付き合うことは永遠にないのだろう。

「じゃあ、俺、頼んでくるけど、何がいい?」
「ハンバーガーとバニラシェイクでお願い」

三村は注文を聞くと、階段を駆け下りていった。ちょうどお昼休みの時間なので、客は多い。

「いつから付き合ってんの?」
「付き合ってるわけないじゃん、せっかくのデートのお昼ごはんをマックで済まそうとする男と」

片桐さんは少しはにかみながら言う。

「そういう先輩こそ、彼女とかいないの?」
「お昼ごはんを毎日毎日一緒にマックで食べてくれる女の子は、なかなかいないと思うよ」
「毎日ハンバーガーとバニラシェイクかー」
「うん、金もないしね」
「そりゃ彼女できないよね」

片桐さんはときどきさらっとひどいことを言うと思う。
高3のころのクラスメートにも、片桐さんと同じようにひどいことを言う人がいて、
実のところ、僕はその女の子が好きだったけど、結局告白すらせずに僕の高校時代は幕を閉じたわけで、今になってやっぱり告白しておけば良かったなどと女々しいことを考えるのだが、浪人生と大学生の間には深い深い溝があるので、やっぱり告白しないでよかったとも思う。
どっちに転んでも、人生というのは上手く行かないときもあるものだ。

「今日は三村のおごり?」
「おごるよ、って言ってるんだけど、おごらせてあげない、たった180円だし」
「厳しいね」
「だって、付き合ってないしね」
「誰とも付き合ってないわけ?」
「まあ、そういう感じっすかねー」
「受験すんの?」
「東京の美容師専門学校を」
「へー」
「いや、とめようよ」
「とめないけどね、なんで美容師? 子供の頃の夢とか?」
「んー、美容師専門学校とか、デザイナー専門学校って、格好良いじゃん。いかにも親のスネかじってます、高校の頃遊んでました、みたいなダメさ加減が」
「ダメさ加減いっぱいだよね」
「だから行ってみようかな、って。私みたいな人がたくさんいるかもしれないしね」
「自分と似た人と友達になるわけか」
「んにゃ、絶対イヤ、遠くから眺めて楽しむだけだよ」
「片桐サンってなかなか良い性格してるよね」

なかなか良い性格をしているところも、高3のころに好きだった女の子にそっくりなわけで、
僕は片桐さんを見ているうちに、その人のことを思い出し始めていた。
三村が戻ってきて、片桐さんを連れ去ってしまってからも、僕の頭の片隅にずっと彼女のことが残っていて、受験勉強どころではなくなってしまっていたのだけれど、
来年、告白するためには、僕は今年こそ受からないといけないわけで、そのころに彼女に恋人がいない保障はどこにもないのだけれど、僕は今年こそ受からないといけないのだ。
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