銀色リトマス紙
2002年 3月
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3月10日
プロバイダーと契約したら、ホームページスペースが5MBほどついてきた。
せっかくタダで貰ったものを使わないと勿体ない気がするので今日からサイトを持とうと思う。
とは言え、今まで23年間生きてきたが何もインターネット上で使えるスキルは持っていない。
バイクに乗れようと、自動車を運転できようと、エクセルでどれだけ早くデータ処理ができようと、
それは実生活では意味を持つかもしれないが、ネット上では意味を持たない。
つまりかいつまんで言うと、俺には何も公開できるものがないというわけだ。
そこで、いつでも誰でも簡単に書ける日記というコンテンツを作ることにする。良案だ。
ついでに、いちいちhtmlを書くのもめんどくさいので無料のWebサービスを使うことにする。
あとは三日坊主にならないことを祈るばかりだ。
3月11日
日記を書くことにしたのは昨日述べた通りだが、よく考えれば
どこの誰とも素性がしれない男の日記(あ、年齢だけはバレてるか)など誰も読もうとは思わないだろう。
とりあえずここで自己紹介でもしておこう。
専用に自己紹介ページなどを設置してもいいのだが、それはどうかと思う。
だいたい自分自身が20代の男の自己紹介など読もうとは思わないし。
ハンドルはトオル。別に本名がトオルだからではない。
年齢は23、中年でも心は少年だ。なんてありきたりな表現を使うのはやっぱりまずいのだろうか。
出身地は不明にしておこう。少しくらいミステリアスな方が男は格好良いモノだ。
しかしここまで書いてふと、やはり中年の自己紹介はつまらない、と思った。
3月12日
やっぱりサイトというものは個人の愚痴のはけ口なのである。
だから「誰も見ないだろうから」という理由で自己紹介をキャンセルする必要はない。
そんな俺は大学を中退してからずっと無職だ。
大学を辞めた理由は「なんとなく」。俺には向かないような気がしたからだ。
あと教授が好きになれなかった、ってのもあるかもしれない。
そんな大学時代に出会った友人の1人に吉沢というヤツがいる。
俺にPCの使い方を教えてくれたのがコイツだ。
自分で自作のプログラムなどを組んで、クラックまがいのこともしていたらしい。
だが、そんな吉沢とも大学を中退したことで会いづらくなってしまい、ここ2年ほど全く会っていなかった。
何故急に吉沢の話を出したかと言うと、ぶっちゃけた話、会ったのだ。それも偶然にも。
吉沢はなんか、キチンとしていた、と言うか、社会人らしくなっていた。
吉沢に言わせれば俺はあの頃と変わっていないらしい。
連絡先を訊いて、おごってもらって別れるときに、「うちで働かないか」と訊かれた。
ベンチャービジネスの副社長をやっているらしい。相変わらず凄いヤツだ。
とりあえず「気持ちだけ受け取っとくよ」と言ったら少し寂しそうな顔をされた。
3月13日
バイト友達に急用が入ったらしく、無理矢理シフトを変えられてしまった。
御陰様で12時間連続労働。法律に違反しないのだろうかと思いつつも、
バイトしてるコンビニで新発売のインスタントラーメンを買って、とぼとぼと帰路に着く。
新しく出た商品を見るとチェックせずにはいられない自分が情けない。
ちなみに、あたりとはずれの割合はだいたい1対3くらいだろうか。このラーメンはどうかと思う。
3月14日
今日は世間ではホワイトデーと呼ばれる特別な日だ。
もちろん俺にとってもそれは例外ではなく、先月チョコレートをくれた優と言うバイト仲間にマシュマロを返すことにした。
もちろん義理である。義理には義理で返すのだ。
意外と凝り性な俺は、本当はマシュマロ専門店で高級マシュマロなどを買いたかったのだが、
そんなマニアックな店がそう簡単に見つかるわけもないので100円均一でバニラ味のマシュマロを買って、
同じく100均で買ったこじゃれた紙袋に入れて、そのまま渡す。
予想に反して意外に喜ばれたので少し困った。そういう笑顔は俺にじゃなく彼氏に向けてあげて欲しいと思う。
3月15日
今日電話が来て初めて知ったのだが、どうやら弟がこっちの方に来るらしい。
というのも、第一志望の大学に無事合格したんだそうだ。おめでたいことだ。
家庭が貧困を極めていると言うのに、私立専願で通す弟も弟だが、
それをあっさりと認めてしまう親父も親父だと思う。
俺のときに「国立以外は認めんからな!」と激しく主張していた親父はどこへいってしまったのだろうか。
年を取って人間が丸くなってしまった証拠かもしれない。
そういえば親父の顔はかれこれ1年以上見ていない。今年の正月は急にバイトが入ったせいで行けなかった。
5月の連休のときにでも帰ろうかと思う。もっとも暇だったらの話だが。
3月16日
どこぞの中学校では卒業式が行われていたのだろうか。
バイト中のコンビニに、卒業証書が入っているであろう筒を持った女子中学生(と男子中学生)がたくさん溢れていた。
卒業とは嬉しいものだが、同時に悲しいものだ。
それでいて清々しい顔をしている彼女ら(と彼ら)を見ていると、
危うく自分の中学時代を思い出しそうになってしまった。
ちょうどそのタイミングで、バイト仲間の優に「有島さんも昔は中学生だったんですよね」と言われてしまった。
それはどういう意味だろうか。俺にガキ時代があったらおかしいのだろうか。
そう思ってちょっと問い詰めてみると、「えー、おかしいですよ」と普通に返された。
ちなみに俺は、有島という名前で通っていることになっている。
3月17日
結構久しぶりに夢を見た。
内容は少し前に流行ったバトルロワイアルのようなもので、
なぜか俺は学ランを着ていた。俺の出た中学も高校もブレザーだったのに。
参加者は当時のクラスメート。
顔は覚えているが名前は覚えていないヤツがたくさんいた。
その中に初恋の人がいて、いっしょに逃げようとしたらいつのまにか目がさめていた。
起きた後もしばらくは呆然としていた気がする。
なんだか懐かしくなって高校時代の友人に「明美って覚えてるか?」と電話をかけたら、
「音信不通だ」といわれた。
ちょっと予定を早めて、明日から帰郷することにする。
3月20日
親父は肝臓を悪くして入院していたようだ。
昔から酒癖が悪かったことを考えると当然かもしれないが、
せめて息子である俺にくらいは伝えてほしかったものだ。
昔と比べると顔もやせ細って、威圧感も何にも感じられなくなっていたが
別に可哀想とは思わなかった。むしろ自業自得とさえ思う。
今思うとこの頑固親父には苦労させられてきた。
ここで詳しく述べようとは思わないが、世間一般で言う亭主関白ってヤツだった。
それなのに一番の被害者だったはずのお袋はずっと親父に付き添っているんだから不思議な話だ。
そんなわけで実家に泊まって、19日は意味もなくいろいろと歩いてみた。
昔通った中学校が廃校になっていたり、お世話になったお巡りさんが定年になっていたりと、
もともと田舎臭かった故郷だったが、ますます哀愁たっぷりで、もうごちそうさまだった。
高校は隣の市にある高校に通っていた。
何気なくそっちにも向かってみると、校舎が新しく建て変わっていた。
ついでに俺たちの卒業記念で植えられた桜の樹はどこにも見当たらなかった。一緒に消されたのだろう。
おそらく、俺はこの先親父の葬式でもない限りはここに戻ってくることもないだろう。
ここには魅力がなさすぎた。昔も、今も、これからもずっと。
もう一日だけ実家に泊まって、こっちへ戻ってきた。
きれいな田舎の空気よりも荒んだ都会の空気の方が俺にあっている気がした。
「お土産」と言って持たされた佃煮を食べるために、1ヶ月ぶりぐらいに炊飯器のスイッチを入れた。
3月21日
やけに線香やロウソクを買う客が多いと思ったら、どうやら今日は春分の日のようだ。
人気があるのは10センチくらいのロウソクが6本入ってるタイプ。妥当な量だろう。
レジを打ってたマツモトに墓参りは行かないのか、と訊いたら
じいさんやばあさんの顔なんて覚えてないから行かなくても良い、と答えた。
墓参りくらいしておけば良かったな、と思ったが残念ながら24時間ほど遅すぎたようだ。
3月22日
優の彼氏が店にやってきた。実は直接見るのは初めてだったりする。
俺が言うのもなんだが、いかにもフリーターっぽくて女に苦労させそうなタイプに見えた。
髪は茶色で、耳にはピアス。今の若者はこういうのに惹かれるのだろうか。
彼氏が帰ってから、優に幸せかどうか尋ねたら少しのろけながら元気良くハイと返事をした。
3月23日
バイトの帰りにいきなり雨が降り出した。
傘を買うお金なんてなかったし、待ってても全然やみそうになかったから走って帰った。
家にたどり着くと、寒かったので牛乳をレンジで温めて飲んだ。
温めすぎて膜ができてて嫌な触感が舌に残った。
銭湯に行こうかとも思ったが、雨が降ってて億劫だったので結局体を拭いただけで布団に入った。
結構、雨の音は好きだったりするので窓をあけたまま目を閉じた。
3月25日
風邪を引いてしまった。一生の不覚。
とりあえず無理してでもバイトには行こうと思ったが、熱が39度あるうえに雨がザーザーうるさかったので
マツモトに頼んでシフトを変えてもらった。
これを書いている今は、もう熱も7度前半だし雨もやんでいるので、明日は大丈夫だろう。
とりあえずずっと前に実家から持ってきた市販の薬を飲んで寝ることにする。賞味期限はおそらく大丈夫だろう。
3月26日
とりあえず職場に復帰。まだ少し鼻水は出るが気にするほどではない。花粉症と比べれば微々たるものだ。
4月上旬から新しく売り出すフライドポテトを試食してみる。
ちょっとピリ辛味なのがウリどころらしいが、俺はイマイチだと思う。
でも店長も優もマツモトも美味しい、と言っていたので俺も一応合わせておくことにした。
やっぱりポテトは普通の塩味が一番だと思う。
3月27日
優が風邪を引いたらしい。まさかとは思うが俺がうつしたのだろうか。
そう思うと申し訳ないので、ここで謝っておく。ごめんなさい。
吉沢に呼ばれて、大学のときの友人同士で飲みに行った。
大学を中退して以来会ってないヤツがほとんどで、皆変わってしまっていた。
昔付き合っていたミカとも久しぶりに会った。
中企業にOLとして入社したらしいが、お茶くみやコピー取りで大変らしい。
女性差別だ、って訴えれば良いんじゃない、と言ったらそこまでする気はないよと言われた。
なんだか皆が俺に気を使っているようにも見えたが、そこは大人として気がつかなかった振りをしておくことにする。
別れるときにミカの番号とアドレスを訊いた。でも彼氏がいるのかどうかは訊きそびれてしまった。
3月28日
店長いわく、4月から新しいバイトが来るらしい。
マツモトより若い男らしい。わざとらしく「また新キャラかよ」とツッコんでみたら、店長に白い目で見られた。
優の彼氏がやってきた。どうやら携帯をオフにしていて連絡が取れないらしい。
俺は優しいので、風邪で休んでることを教えてやったら、そんなことは知ってる、といわれた。
3月29日
朝刊に異動になった中学高校の教師たちの顔がズラーっと載っていた。
知っている顔がないか、無駄な時間だと知りながらも探していたら、
高校時代にお世話になった数学の先生を見つけた。今では教頭先生をしているらしい。
50を過ぎた中年でさえ、確実に前に進んでいるというのに俺はどうだろう。
毎日バイトに明け暮れるだけで、ちっとも進んではいない。
マツモトや優の顔を見ていると、こんな生活でも良いのかもしれないと思ったりするが
帰路につくたびに、こんな生活ではいけない気がしてくる。
何気なくミカに電話してみると、なんか元気ないね、と指摘された。
そういうそっちこそ、とごまかすといろいろと愚痴を聞かされた。
なんだか余計に疲れてしまった気もするが、やはり知り合いの声を聞くと楽になる。
3月30日
日記を読み返してみると、結構な数の人間を登場させていることに気づく。
俺はもちろん誰が誰だかわかるが、この日記を読んでいる第三者にはわかにくいかもしれないので
ここら辺で登場人物紹介でも書いておこう。
トオル:言わずと知れた俺。容姿×、性格×、財産×と三拍子そろった良い男。
吉沢:大学時代の友人で、外見はどこにでもいる普通の男だが、考えることが一般人とは違った。
優:コンビニでバイトをしている後輩。女。彼氏持ち。背が低くてちっちゃい。
明美:初恋の女性で、高校時代のクラスメート。今は音信不通らしい。
マツモト:これもバイト仲間。趣味でカメラをしているらしい。ちょっと男前。
ミカ:大学に行ってたころに付き合ってた女。大学を辞めたせいで自然消滅。
こんな感じだろうか。これからは定期的に人物紹介をすることにする。良案だ。
3月31日
近くの河原の堤防を歩いていたら、いつのまにか桜が咲いていた。
まだ葉っぱは出ていなくて、四部咲きといったところだろうか。
もう春なんだなぁ、と半ば強制的に感じさせられた。
1日早いが新しいバイト君がやってきた。一応正式に働くのは明日かららしい。
なんというか、第一印象は「若い」だった。
書類上は無職ということだったが、高校生といっても十分通用する気がした。
優はなかなか気に入ったようだ。名前は確か山本と言った。
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