[m] 新春!! こたつにみかんに鬱コピペ 50選
新しい年の1月4日を迎え、社会人のみなさんは今日か明日から本格的に仕事が始まってしまうのではないでしょうか。ご愁傷さまです。セカ徒歩ではそんなみなさまのために何もしたくなくなるような鬱コピペを集めてきました。冬の夜長ですが、こたつにみかんに熱燗によい肴となること請け合いです。みんな憂鬱に、なあれ!
[目次]
私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、
母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えない質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま高校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確に海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし
彩りも悪いし、とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
母は悲しそうに「気付かなくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。
それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」日記はあの日で終わっていた。
小さいころ新聞に折り込まれた広告を見ると
近所に出来た電気屋さんの開店セールのチラシが入っていた。
そのチラシには「開店記念、ホットプレートで作った焼きそばを無料配布」の文字が!
焼きそばが大好きだった俺は
タダで焼きそばか食べられるのかと
ワクワクしながら弟を一緒に電気屋の前まで行ったが
電気屋の近くまで来た時に目にした光景は
閑散とした客が誰一人としていない店頭で
一生懸命呼び込みをしながら焼きそばを小さなホットプレートで
焼きつづける電気店主夫婦…
子供の目にもあまりにも寂しい雰囲気だったので
「焼きそば下さい」と店の前まで行く勇気が湧かず
弟と一緒に遠巻きに電気屋を見て、そのままそそくさと帰宅した。
それから月日は経ち電気屋は無くなった。
ドラクエで凹んだときスレに書いたら凄い引かれたのでここに書きます
小学校のとき、先生に知能に障害がある子のうちに遊びに行かされた
彼は脇目もふらずにドラクエ3をやっていて、正直、「こいつでもドラクエとかわかるんだなあ」と思った
三十分ほど彼のプレイを見ていて、とても悲しい事に気が付いた
彼がそのゲームでやっているのは、アリアハンの周りでスライムとカラスを倒す、ただそれだけだった。パーティにただ一人の勇者のLvは50を越えていた。彼は永遠、素手でスライムを殺し続けた
とても楽しそうだった
先に進めてやろうと思い1コンに手を伸ばしたら凄い剣幕で怒鳴られた。なんて怒鳴られたか聞き取れなかったけれど、とにかく怒鳴られた
それを見て彼の母親が「ごめんなさいね、○○ちゃんはファミコン大好きのよ」と僕に謝った
彼はドラクエ以外のソフトは持っていなかった
僕はそれ以来、ゲームをやらなくなった。以前のようにゲームにのめり込めなくなってしまったのだ。コントローラーを握るとやるせなくなった。友達の家に行ってもみんながやるのを見ているだけだった
その間、僕はゲームに興じる友達の背中だけを見るように努めた
本当にむなしかった
その内に、僕はファミコンを憎むようにさえなった。今までの人生の中で、あんなに何かを憎んだことはない
それは真夜中に僕を目覚めさせた
ゲームなんかこの世からなくなってくれと本当に願った
僕はソフトを彼に全部あげて、本体は捨ててしまおうと思ったが、兄に怒られそれすらできなかった。
一人暮らしをしている今でもゲームは嫌いだし、もちろん家にも置いていない。
時々、彼と、永遠に世界を救えなかったであろう彼の勇者の事を思い出すと、とても悲しくなる
大学のとき、高校の同級生の女の子がALSを発症した。
そう親しくもない子だったし、ALSってどんな病気かも知らなくて軽い気持ちで大学の近くにあったその病院に、ひまつぶしで見舞いに行っていた。
ある日彼女が、病室で言った。
「あたし処女のまま死ぬのってイヤだなあ、ねえ今度夜這いにこない?」
その晩実際に夜這いに行った俺を迎えた彼女は、病院の寝巻姿ではあったが髪はちゃんと整えてあり、うっすら化粧をして、下着も当時流行り始めたTバックだった。
行為そのものは少々やっかいで、彼女は自分で脚を開くこともできなかった。
彼女はわざとらしい喘ぎ声をあげて、なんとか無事終ることができた。
そのあと俺に寝巻きを着せてもらいながら、彼女は嗚咽していた。
翌日俺の実家に彼女の母親から、「息子さんの優しいお見舞いに感謝します。」と電話があったという。俺はまさかと思ったが、しばらくして戦慄した。
彼女はもう、起き上がることすらできない。トイレだって行けないからたぶんおむつの世話になっているはずだ。
では誰が?
彼女の髪をとかし整えてやったのか
彼女に薄化粧を施してやったのか
彼女のおむつを脱がし、流行りの下着をはかせてやったのか
それがわかったとき、嗚咽とはいかないが不覚にも涙が出てきた。
あれから8年、
彼女はもはや目も動かせない状態で今も闘病を続けているという。
留年経験者から言わせて貰うと
だいたい心の準備は出来てるから通告された時の精神的ショックはそれほどデカくない
多少涙目になるぐらいだ
でもな、問題はそのあと両親に報告する時なんだよ
電話するだろ?「ゴメン留年した」って
電話では「…そう。残念だったわね。いつ帰ってくるの?」とか優しいんだぜ
まぁその優しさが心に痛いんだけどな
で、恐る恐る帰省すると、案外あっさり迎えてくれて、ほっとしてくつろいじゃったりなんかして
メシ食って、リビングでテレビなんか見ててさ、母親がぼそっと呟くんだ
「あなた何も言う事無いの?」って
「…ごめん、留年しました」「それだけ?これからお母さんたちにどうしてほしいの?なんで今まで連絡しなかったの?どうして留年したのか聞いて無いよ?」
あぐらかいてた俺は正座しなおして、何年かぶりに親の前でダラダラ涙流して謝ったね
もう二度とあんな事したくない
横浜での話だったと思う
中学生くらいの男の子と母親が信号待ちをしていた
見るからに大切に育てている息子
でもマザコンチックであったり、教育ママ的でもなく、
微笑ましい関係が見ただけで判る、そういう親子
信号待ちをしていた親子に車が突っ込んだ
車は息子だけを轢き、母親は呆然と立ちすくんでいた
周囲の人々が、車の下敷きになった息子を助け出し、救急車を呼び、辺りは人々が取り囲み騒然とした
息子の腕はちぎれ、足は関節がいくつも出来たように折れ曲がっている
その顔は苦痛に歪んでいる
助かるかどうかは判らないが、とりあえず今は生きている
すると母親が突然叫んだ
「殺しましょ、ね、殺しましょ。このまま生きていても苦しいだけだし、
腕もどっかいっちゃったし、足も変だし、殺しちゃいましょうよ、ね、ね、ね!!」
周囲の人々に訴えかける。
救助活動をしていた市民が母親に「お前それでも母親か!」と言っても
「殺しましょ。もう一回車で轢いてよ!」
その後は救急車が来て、どうなったかの顛末は判らない
よく通る道に花が手向けられている電信柱があり、
通る度に供えられた花の種類が変わっていたので
よほど大切な人を亡くしたんだろうなと気になって見ていた。
ある時、その電信柱の前を通ったらその花が荒らされていた。
次の日通ると花は綺麗に新しくなっている。
その日の夕方に通るとまた花が荒らされていた。
その後荒らされる→新しい花→また荒らされるというのが暫く続いた。
猫や鳥にやられたのかな?と思いつつ通り過ぎていたが、
ある日偶然にもその花を荒らしている最中の人を発見。
俺はとっさに車を降り、
「何してるんですか!」と咎めた。
するとこちらを向いた40〜50代位の女性に女性が
「○○ちゃんを返して〜」と号泣。
虚をつかれうろたえながら彼女を宥めつつ話しを聞くと、
彼女は娘さんをここで亡くした。
娘さんは歩いていて、車に突っ込まれた。
運転していた男性もこの電信柱にぶつかった衝撃で亡くなった。
この花は加害者の男性の家族が供えている。
その花を見る度に娘を思い出してしまい、いたたまれなくなって
花を荒らすようになってしまった。
といった感じでした。
「もうこんな事はしませんから…」
と泣きながらふらふら帰っていく彼女を見て
やるせない気持ちになり暫くそこに立ち尽くしてしまいました。
知り合いの話。
知り合いには知能障害の叔父さんがいて、知り合いが物心付いた頃から既にちょっとおかしい人だったらしい
そんな人だから、結婚も出来ず、60を過ぎても一人暮らしをしてた
で、ある日耳から変な液が出てきたってんで兄弟が病院に連れてったんだと
そしたら頭蓋ん中イッパイに膿が溜まってて、それが脳を圧迫してた
医者は親族にこう尋ねた
「昔、頭の手術をしたことありませんか?」
そういえば、彼が3歳だった頃に風呂で母親が頭を洗っていて水が耳に入り、耳が腫れたことがある。
その時手術をしたと思うが、それがどうしたのか
「恐らくその時に付いた傷が原因ですねこの膿は…今まで知能障害と思われていたのも、脳についた傷と膿がもたらしたものでしょう。」
先天性のものだと思っていたものが実は医療ミス
しかも3歳の頃の傷で、約60年分の人生を台無しにされてしまった
親族にしたらものすごいショックだったと言う
しかも膿の摘出手術を終えないと助からなかったが、既に本人にその体力がない状態
数日して亡くなったという
洒落にならん話だった
小学校の頃、障害を持った子が入るひまわり学級ってのがあって、
ひまわり学級と交流を持つ委員みたいなのに選ばれてた俺は、ちょくちょくそこへ行ってた。
軽度の知的障害をもった女の子がいて、意思疎通はちゃんとできるし見た目も普通っぽいが、変な言動が少し目立つ感じだった。
よく話をしたりと仲良くなってたが、中学校へ上がってからは喋らなくなった。
その子は障害が軽度なので親が普通の学校へ通わせたいといって俺と同じ中学へ進学してきたが、
そこでいじめられるようになってしまったからだ。理由はやはり奇抜な言動が目立つからで、
別のクラスの俺にも噂ぐらいは聞こえていた。「あいつキモいよなあ」と聞かれ、「本当だよな」と言ってたりもした。
俺自身、一歩間違えればいついじめられてもおかしくない奴だったから、毎日ビクビクして周りに調子を合わせていた。
ある日、廊下で俺を見かけたその子が嬉しそうに寄ってきて話しかけてきたが、俺は誰かに見られてないか周りを見ながら、
「話しかけんなよ」と邪険に扱った。その子は障害があるといっても自分がいじめられてることは認識してたし、
だんだん元気も無くなっていた。でも俺は自分がイジメにあったらどうしようとばかり心配して、そんなことを言ってしまった。
そして、だんだんその子へのイジメに性的なものが加わっていって、男子の一部で「あいつ犯そっか」みたいな話が出てきた。
しばらくして、その子が不登校になって、家も引越ししていった。生徒の間のではレイプに遭ったっていう噂が立った。
本当かどうかは知らないけど、それからずっとその子のことが頭から離れなくなった。
今でもその子を思い出すと憂鬱な気分になる。最悪な中学生活、というより最低な俺だった
とある田舎に若い夫婦が暮らしていた。
妻は子供を身ごもっていて夫婦は生まれてくる日を
楽しみに待ちわびていた。
ところがある夜、妻は急に苦しみだしたのだ。
病院はかなり遠くにあり、夫は病院に電話連絡して 妻を車に乗せ向かった。
数キロ走ったところで老人が手をあげて道ばたに現れた
「車のタイヤがパンクしてしまった手伝ってくれないか、急ぎの用事があるんだ」と言う。
夫も早く病院に着きたかったので老人の言葉に「俺だっていそいでるんだ!!」と怒り気味に答えそのまま通り過ごした。
しばらくして男は病院に着いたが医者がまだ到着していないと言う。
処置室で夫婦は医者をまっていたが妻の容態は悪化し何の手を打たぬまま妻はかえらぬ人となった。
夫は医者を呪った。電話をしていたのに何故来ない!!!
この怒りを医者にぶつけてやろうと思っているとき
「おそくなってすみません」と頭を深々下げ医者が到着した。
夫は、怒りの罵声をあげようとした。その瞬間言葉につまった。
頭を上げた医者は途中で助けを求めたあの老人だった。
京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、
認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。
事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。
片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。
片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。
その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した。
母は05年4月ごろから昼夜が逆転。徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。
片桐被告は休職してデイケアを利用したが介護負担は軽減せず、9月に退職。
生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。
介護と両立する仕事は見つからず、12月に失業保険の給付がストップ。
カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、
06年1月31日に心中を決意した。
「最後の親孝行に」
片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、
2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で
「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は
「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が
「すまんな」と謝ると、母は
「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は
「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。
この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、
自分も包丁で首を切って自殺を図った。
冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、
眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。
裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。
殺害時の2人のやりとりや、
「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。
目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、
刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。
裁判の中で片桐被告は
「私の手は母を殺める(アヤめる)ための手だったのか」
と言葉を残した
東尾裁判官は片桐被告に対し
「尊い命を奪ったと言う結果は取り返しのつかない重大だが
経緯や被害者の心情を思うと、社会で生活し
自力で更生するなかで冥福を祈らせる事が相当
被告人を懲役2年6ヵ月に処する…」
そして続いてこう言った
「…この裁判確定の日から3年間 その刑の執行を猶予する」
殺人(承諾殺人)で異例の執行猶予つきの判決を言い渡たされた
そして被害者(お母さん)の心情に対し
「被害者は被告人に感謝こそすれ、決して恨みなど抱いておらず
今後は幸せな人生を歩んでいける事を望んでいるであろうと推察される」
判決の後、片桐被告に裁判長が
「絶対に自分で自分をあやめる事のないように
お母さんのためにも、幸せに生きてほしい」と言われ
片桐被告は深々と頭を下げ「ありがとうございました」と言った
片桐被告に言い渡した後に東尾裁判官はこう言葉を残した
「本件で裁かれるのは被告人だけではなく、
介護保険や生活保護行政の在り方も問われている。
こうして事件に発展した以上は、どう対応すべきだったかを
行政の関係者は考え直す余地がある。」
それは、母の誕生日の日だった。
母は自分の誕生日になぜか“デジカメ”を買ってきた。
自分への誕生日プレゼントだろうか。
でも、母は機械オンチだ。それなのになぜ買ってきたのだろうか。
だが、母は、それがかなりうれしかったのか、
ほしがっていたものをもらったときの子供のようにおおはしゃぎしていた。
「ほら、見てみて!デジカメ買ったのよ!」
母が自慢するように俺に言ってきた。
俺は椅子に座って、パソコンにかじりついていた。俺はいつもパソコンにかじりついている。
「そうなんだ」
そんな俺は母にこういった。
いまいち反応の仕方がわからなくなっていた俺はそういうことしか言えなかった。
そして、母は俺の答えを聞くと、鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。
そして、ニ、三日後。
困り顔の母がまた部屋に入ってきた。
「ねえ、お母さんちょっと困ってるんだけど……」
そんなの顔見ればわかるわ。馬鹿。
「なんだかね、写真が撮れなくなっちゃったの。それでね、お母さんよくわからなくなっちゃったから、
こういうことに詳しい人にどうにかしてもらおうかな〜、なんて……」
「うっせぇな!今話しかけんな!そんなこと説明書見ればわかるだろうが!!」
俺は丁度そのときいらついていた。
ネットで調べたいことがあって、調べているのだが、
まったく俺が知りたい内容の検索結果が出なかったからだ。
「い、いやね、説明書を読んでみてもよくわからないのよ。だから」
「うるさいっつってんだろ!!だいたいくだらねぇもんばっかり撮ってっからそういうことになるんだろ!?
二日や三日ですぐにメモリーがいっぱいになるわけないだろうが。
千枚ぐらいは撮れる最新のデジカメが、すぐにいっぱいになるわけないだろうが!
いったい何枚くだらねぇ写真撮ったんだよ?床?天井?どうせそんなもんしか撮ってないんだろ?
カメラってのはな、そうやってくだらねえもんを撮るためにあるんじゃねえんだよ!!」
俺は言うだけ言った。
「ごめんね」
俺が言った後、母は小さな声でそういった。
そして俺の部屋を出て行った。
「少しは自分でなんとかしろ!馬鹿!!」
部屋を出て行く際に俺は母にそう言った。
母は一瞬止まったが、無言のまま部屋を出て行った。
そして、次の日から母はいつものように暮らした。
ただ違うのは、デジカメを使わなくなったこと。持つことすらしていない。
たったニ、三日でデジカメもお蔵入りか。もったいない。
俺はこのとき、別に自分が悪かった、なんてことは思っていなかった。
そう、これっぽっちも、一ミクロンも思ってなかった。
あの時喋りかけてきた母が悪い。自分で理解しようとしない母が悪い。
俺はそういう考えしか持っていなかった。
そんな俺を母はいつものように振舞ってくれた。
だが、俺はそれが当たり前だと、それが普通なんだと思っていた。
それから、何日たってもデジカメが使われることはなかった。
そうして、三年後。
それはまた母の誕生日の日。
母は他界した。
いきなりの急死だった。べつに病を抱えているわけでもなかった。
だからいきなり母が死んだのは衝撃的だった。
寿命でもない。原因不明。だが、いまさら死んだ原因が分かったところでどうなるというのだろうか。
そして、今日は通夜の日。俺は俺と母だけの二人だけにしてもらった。
なんだかモヤモヤが晴れなかった。
今まで俺がしてきたことが、全て報われないことが悲しかった。
あの時、母にこうしてやればよかった。
あの時、母にああしてやればよかった。
そんなことが次々と思い浮かぶ。
なぜ……優しくしてやれなかったのだろうか。してあげられることはたくさんあったはず。
なのに、俺はいつも母を拒絶していたような気がする。
自分が気分が悪いときだけは母に当たって、都合のいいときだけなにかをほしがったりする。
全て自分が都合のいいようにしていた。そんな自分が、嫌だった。
俺はその夜、もう俺の問いかけに答えることのない母に話しかけていた。
何を話しかけていたかは覚えていない。
そして、全てが終わり、母の遺品の整理をしていると、その中に“あの時”のデジカメがあった。
そう、メモリーがいっぱいになって、どうすればいいのかと俺に聞いて、
俺が自分勝手な都合で結局答えずに、お蔵入りになっていたデジカメだ。
メモリーはいっぱいのままで、俺はどんなものを撮っていたか見てなかったから、
気になってデジカメの電源を入れ、撮ったものを見た。
中には、あの時俺がいったように、くだらないものがたくさんあった。
だが、今となってはそれはくだらないものではなく、大切なものとなっていた。
水道の蛇口、庭、花、電話機、机、俺、空……ん?俺?
俺は写真を一個戻した。そこには確かに俺の写真があった。
それは俺の寝顔を撮った写真だった。その寝顔は、とても幸せそうな顔をしていた。
そして俺は撮影日を見ると、それは三年前の母の誕生日の日だった。
そう、デジカメを買って、俺に自慢をした日。
母が若返ったような感じでイキイキとしていた日。
雫が目から一粒落ちた。
そしてそれはまた一粒、また一粒と次々と、ボロボロと落ちていく。
なぜか泣けた。ただ、自分の寝顔を見ただけなのに……。
母が悪戯心か何かで撮った自分の寝顔が写っている写真を見ただけなのに……!
俺はその場でおお泣きした。泣くのをやめようとしても、涙が次々とあふれてくる。
止まらない……ひたすら涙があふれてくる。
俺は、泣きながら、ひたすら謝った。心の中で。
ごめん。母さん。
あの時、教えてやればよかったね。
俺……俺!
自分勝手な都合で母さんを困らせて……なにもしてやれなかった。
なんでしてやれなかったんだろう。
母さんがあんなに優しく俺の接してくれたのに、なんで優しくしてやれなかったんだろう!!
母さん……本当に……ごめん。
ごめん……ごめん……ごめん……ごめん……。
その日、俺は泣き止むことはなかった。
俺が小3の時、ガンを患っていた母が亡くなった。
それから父は、俺と当時2歳だった妹の世話をすることになった。
慣れない家事と仕事の両立に父は懸命だった。
当然遊び盛りだった俺も否応なく、家の事を手伝わせられた。
なぜ母を奪ったのかと、ずっと己の不幸を呪い、この世に神様はいないと天を恨んだ。
やがて幼かった妹にも手がかからなくなり、俺は高校へ進んだ。
学費はバイトを始めることで何とかなった。
ところが妹も小学校の高学年に進み、胸が膨らみ始めた。
これまで恥を忍んで妹の下着を買って来た父も、ブラジャーなど買った
ことがあるはずもなく、途方にくれていた。
そんな時、俺にバイト先で知り合った彼女ができた。
事情を話すと、彼女は妹と一緒に下着を買いに行ったり、
生理用品の事など、なにかと妹の面倒を見てくれた。
当初戸惑っていた妹も、やがて彼女を実の姉のように慕うようになった。
彼女が遊びに来て4人で食事をしていた時、母が死んで以来やめていた酒を
父が久しぶりに飲んで酔っていたのをはっきり憶えている。
俺は亡くなった母が彼女と俺を引き合わせてくれたのかと、神様に深く感謝した。
母がいないことをのぞいて、やっと普通の家庭とはこんなものなのかと思える日々が訪れた。
そして社会人となった俺は彼女と結婚した。父と妹も、もちろん祝福してくれた。
父は定年退職したが、子会社のちょっとした役職で再雇用して貰えたと嬉しそうに話していた。
そんなある日、高校生になっていた妹が突然交通事故で死んだ。
葬式の数日後、父は会社に辞表を出し、俺は悲しみで何をする気力もなかった。
妻は父と俺のそんな気持ちを察してか、
妹の遺品を全て処分しようとして妹のタンスから
最初に買ってやったブラジャーを見つけて、泣き崩れた。
あの日から、俺は神も仏も信じられなくなった。
1週間会えなかった後のこと。
待ち合わせてたところで向こうから彼女が来て、そのまま抱きついてきた。
ずーっと顔をうずめて何言っても一言も喋んなくて、そのまま30秒後、
「充電完了〜!」
だってさ。
ベッドで並んで寝てるとき
私が「ん!」って言いながら両手を広げると
彼氏ががばっと来て抱きしめてくれる…
そんでしばらくお互い上半身密着させてぎゅーってする
すごく幸せだ
エロい気分にはならない、ただただ幸せ
抱きしめることはいい年して家族に毎日やってるけど
抱きしめられることは友達にさえされたことないから
ハグって温かいんだなって思ったよ
俺にラベルを印刷する機械の使い方教えてくれながら、
試しに印刷してみたラベルを自分の胸に貼って
「おすすめですよ、今人気なんです」
貼ったラベルは”店長のオススメ、早い者勝ち”
俺「早いもの勝ちなんだ?」
彼女「はい」
俺「それは俺でも良いの?」
彼女「”でも”っていうか、推奨って感じですね」
少し照れながらにこにこ笑った顔に俺陥落
なんだよ、クールな子かと思ってたら、
実はスゲー可愛いじゃないか
近くに新しく出来た喫茶店での高校生ぐらいのカップル(?)の会話。断片じゃないが。
男「やっぱり綺麗だなぁ…新しいもんな。なぁ?(超笑顔)」
女「出来たばっかなんだから当然じゃない」
男「まぁまぁ。ほら、メニューメニュー」
女「いい。もう持ってるから」
男「そっか。何にする?今日は奢るぞ?あ、俺はこのケーキセットにするけど」
女「…これでいい(指差す)」
男「え?いいのか?飲物だけ?遠慮するなよ?」
女「してない」
随分無愛想な女の子だな…と思った。つーか男、健気だ。
しばらくして注文した物が運ばれてくる。
男「ウマいぞこれ。ちょっと食う?」
女「いい」
男「そっか。−−あのさ。もしかして不機嫌?ってか、今退屈してる?」
女「ううん…楽しい。あたしちょっとだけ無愛想だから」
女の子は一応本当に楽しんでいるつもりらしい。
男「無理すんなよ。俺がいきなり誘っちゃったんだしさ。わりぃな。」
女「…」
女の子、いきなり男にキス。さすがに凝視できなかったけど、多分口に。
男「((゚Д゚)ポカーン)」
女「分かってくれた?」
男「(声が出ないらしく、激しく何度も頷く)」
女「今日はもうしないから(わずかに照)」
男「いや、マジ、どうしよ、超嬉しいんだけど。うわー。ヤバい。うわー。」
女「早く食べちゃいなよ(そっぽを向く)」
そこで恥ずかしくなって喫茶店出ちゃったけど、凄くいいシーンだった。
近くの席から凝視してた自分がなんか情けなくなった
12月24日の午後9時から翌25日の午前3時までの6時間は
1年間で最もセックスをする人の多い「性の6時間」です。
貴方の知り合いや友人ももれなくセックスをしています。
普段はあどけない顔して世間話してるあの娘もセックスをしています。
貴方が片想いしているあの綺麗な女性もセックスをしています。
貴方にもし年頃の娘さんや姉・妹がいて、いま家にいないのでしたら間違いなくセックスしてます。
貴方と別れたあの娘も貴方がその娘にやってきたことを別の男にやられています。
貴方の将来の恋人や結婚する相手は、いま違う男のいちもつでヒィヒィ言っています。
職場にすごく好きな子がいる。
ちっちゃくって、ちょっと舌っ足らずで、あどけなくて、笑顔がすごくかわいい。
今日、彼女がちょっとかがんだとき、チラッとブラが見えた。ピンクだった。
刺繍?レース?なんか綺麗な柄で大人っぽい感じ。パンティもおそろいなんだろうな。
服の上から彼女の下着姿を想像したりしてた。ラッキーな一日だ、とか思いながら。
昼休み、彼女が同僚に嬉しそうに話しているのが聞こえた。
「今日、彼氏のお誕生日で食事に行くんです」
とたんに目の前が真っ暗になった。
食事の後は当然セックスするだろう。彼氏の誕生日なんだから。
つまり、さっき見えたブラは、夜には彼氏に脱がされるために選んだものだったんだ。
彼氏は、おれが目の端に少し映っただけでボッキしそうになったその布切れを、何ら
感ずることなく彼女から剥ぎ取り、恥ずかしがって胸を隠す彼女の両腕を優しくほどき、
おれが決して見ることはないそのブラの中身にくちづけ、吸い、軽く噛んだりするんだろう。
おそろいのパンティには、彼女の期待と興奮で濡れ、シミができている。
その脇から彼氏は指を差し込む。
ぐちょぐちょに濡れたパンティーを彼氏が脱がそうとするとき、
彼女は脱がせやすいようにちょっと腰を浮かせたりするだろうか。
そして彼氏は、おれが決して触れることも見ることもかなわないその奥に舌を這わせ、
彼女の味を味わうのか。
そんなことをされると分かっていて、どうせ脱がされると分かっていて、
彼女はそのブラとパンティを彼氏のために選んだんだ。
どこがラッキーな一日だよ。
昼休み、マックにでも行ってりゃ良かったよ。ちくしょう!
バイト先に彼氏いない歴25年らしい大人しい子がいた。
局の子にお昼おごらされたり、
派遣社員の子から高額なマルチ商法の商品買わされたりしてた。
皆が「アイツはお人好しだから何言っても絶対断らない」と
学生のイジメのようにバカにして嫌な事押し付けたりしていた。
もともとその子を優しくて良い女だと好感を抱いていた上に
この子なら断らないかもと思った俺は彼女を休日に食事に誘ってみた。
生まれて初めて女性からOKをもらい、嬉しくて店を色々調べて下準備し、
当日は思いきりお洒落してピカピカに洗った車で迎えに行き、
頑張って話を盛り上げてご飯を御馳走し、家まで送り届けた。
とても楽しくて何度も誘った。彼女も楽しんでくれていると思った。
段々好きになって今度告白しようと決心して食事に誘った時、
「本当はずっと嫌だった。もう誘わないで欲しい」と言われた。
彼女の顔は気の毒になる位必死だった。きっと決死の思いで言ったのだろう。
「ほら〜!麻衣、ちゃんと断れるじゃないですか!
今度から嫌な事 頼まれたら、今みたいにビシッと言えよ!
俺、ずっと麻衣が何言っても断れないの、心配したよ!」
と、俺は泣き出しそうなのをこらえて出来るだけ明るく元気に取り繕った。
彼女はとてもホッとしたような顔をして何度も俺にお礼を言った。
俺から好かれている訳じゃない事がわかって、そんなに嬉しかったのかな。
昨日の話です。もう色恋は諦めますた。一生童貞でかまいません。
俺の仕事は通信関係の現場仕事。もちろん男ばっかりの職場。
ところが1年ほど前から事務に女の子が入ったんだよね
そんなに若くは無いがまぁまぁ美人。性格もさっぱりしてるんだ。
目も見れず、まともに話もできない俺に優しく話してくれて…もちろんお察しの通り惚れた。
なんと2chも見てるって事で色々わからない事聞いてきたり2chの話題で盛り上がったりもした。
今じゃ冗談を言って も〜 なんて軽く叩いたりするスキンシップもある。
もしかしたら…と思う気持ちが無いわけじゃない。だが告白なんてできないのは重々承知だ。
俺は、38才デブオタメガネの童貞だ。1年間大事にしてきたこの関係で満足だった。
昨日も仕事が終わり彼女の顔を見に事務所へいったんだ
汗だらけの俺に優しく おつかれさま と声をかけお茶を入れてくれた
いつもの様に至福の時間。このために仕事に行ってると言っても過言ではない。
彼女のPCが調子悪いと言うので直してあげたりした。
そして帰宅…ところが家の鍵を忘れた事に気づき戻った。
ドアが開いてたのでそっと中をのぞくと…
そこにはマジックリンと除菌剤を持ってPC、イス、机、俺が触った物全てを掃除してる彼女がいた。
しばらく動けなかった。やっと我に帰り逃げ帰る時、彼女はミューズでゴシゴシ手を洗っていた。
昨日は家に入れず車の中ですごした。涙が止まらなかった。
彼女が出勤する前に鍵をとりにいき家へ帰り、今日は仕事を無断欠勤した。
工房の時の行事でクラス対抗の駅伝大会があった。
各クラスから、男8人女8人の長距離速い香具師集めて
午前は女子の部、午後は男子の部で、女子の部男子の部のそれぞれの順位によって総合優勝を決めるといった具合だ。
野球部で体力に自信があり長距離のタイムもクラスの男子の中で3番目に速かった
俺は男子の話し合いによってアンカーを任せられた…。
午前中女子の部で女子が優勝した、優勝は俺たち男子の手にかかっていた。
はっきりいってクラスの女子の俺に対する仕打ちはひどいものだった…。
挨拶などされず、無視、誹謗中傷は日常茶飯事…。
事務的な用事も男子を通して俺に伝えられる。名前で呼ばれたことは無い…。
そんな俺にも、クラスのヒーローになれる舞台が用意された。1位でゴールすれば優勝が決まる。
アンカーの俺が優勝のゴールテープを切れば、迫害していた女どもも俺を認めてくれるようになるかもしれない。
あんな女どものいるクラスだが、クラスの名誉の為に必死で走ることを決意した…。
レースの内容は省略するが、1位で俺にタスキが回ってきた。2位もすぐ後から追ってきた、女子の部2位の3組だ…。
追い着かれまいと必死に走った、差はひろがっていた。ゴールテープが見えた…。
疲れていた俺は周りの声援など聞こえない…。ゴルテープを切った…。
優勝が決まった。
しかし、アンカーの俺に駆け寄るものは誰もいなかった。ふと見ると俺以外の駅伝メンバーが順番に胴上げされていた。
俺は胴上げされなかった…。ゴールテープを切って優勝を決めたアンカーなのに…。
まだ呼吸が整わず、ヘたれこんでいる俺にさらに信じられない会話が展開された…。
この後打ち上げに行こうという内容だった。俺の親友が「●●(←俺)にも伝えて来るよ」と言ったら
打ち上げを企画した女が「●●君はいいよ、疲れてるみたいだし、それにしてもゴールの瞬間の●●君不細工だったよね〜」
俺は決してヒーローになれないと悟った、その日の帰りに買って飲んだポカリは何故か塩味が混ざっていた
気がつくと涙が溢れていた…
理不尽な扱いを受けて、血の繋がった人からすら擁護して貰えなかったら
もう何も信じられなくなるよね
俺が小学校の時
俺の兄は、スポーツも勉強も出来て、出来の悪い俺と違って
友達もいっぱいいて、アホな俺にも優しい自慢の兄だった
ある時、道を歩いていたら、前から兄が友達を連れて歩いてきた
俺が「あ、兄さん」って声をかけると
友達連中が騒ぎ出した。
「何、コイツww」「うわっ、キモイ」「こんなのがお前の弟なのかよ」
「お前可哀想だなwwwこんなヤツと兄弟なのかよwww」
俺は当然兄が俺を庇ってくれると確信していた。
ところが兄は
「こんなやつ弟じゃないよ」と言って俺を突き飛ばしさっさと行ってしまった。
ショックを受けて家に帰ると先に帰っていた兄が言った
「あんまり人前で俺に声をかけるなよ」
と言われた。
このことを両親に話すと
「お前が悪い」「お兄ちゃんの気持ちも考えなさい」と逆に怒られた。
その後どんな気持ちだったか良く覚えてない
多分、泣いたんだと思うけど、記憶が飛んでいる。
覚えているのは、それ以来、事務的な用件以外で
家族と会話をしなくなったということだけだ
大学を卒業して家を出て十年経つが、
一度も家族と連絡をとっていない。
大学のサークルの集まりに行ったとき話すネタもないので
ちょっと気が合いそうな人のグループ見つけて「じ・・・実はvipperだおww」って言ってみたら
周りも「vipねww俺も行くよw」とか言っててビンゴ、結構ノッてくれて俺は更にvipのノリで盛り上がった
後日mixiでそのときの人達を発見
俺自身でコンタクトせずに副垢で趣味が合う人を演じてマイミクになって
日記を見てみた
そしたら集まりの日の日記で「○○(俺の名前)だっけ?vipとかなんなんだよあいつ 誰がvipなんてやるかよってw」
「幼いし関わらないほういいな」「ひとりぼっちだからって俺達のとこくんなよなー 大体あいつ来て女子ひいてたじゃんな」
とか書かれまくってた
気づいたらパソコンの前で震えながらマウス握ってボロクソに泣いてた
死にたい
この前の飲み会の事。
面子は俺、同級生数人、後輩多数
俺は次の日朝から用事があったから途中で
「じやあ、俺はこれでドロンするわ^^」
って言って手印を組んで、場の空気を悪くする事なく、二万ちょい置いて店を出たんだわ。
でもバス待ちの時にジッポ忘れて来たのに気付いて店に戻ったんだ。
店に入るとちょうど便所から後輩が出て来て
「どうしたんすか?」「ん?忘れもん」
とか話しながらさっきまで飲んでた座敷に向かってたのな。
そしたら座敷がすごい盛り上がってんの。
俺が「お!盛り上がってんじゃん?」って聞いたらなんか後輩の返事が歯切れが悪いのな。
「ぁ、そう言うなってw」
「いやいや、アレは有り得ないっすよw」
「毎回ですしねw」
「"ドロン"って80年代っすよねwたくあのオッサンはw」
「「「はははははは!!!」」」
俺、リアルに(´・ω・`)←こんな顔してたと思う。
隣にいた後輩はすごい気まずそうにしてた。
(´・ω・`)←こんな顔したまま申し訳なさそうに座敷に入ったよ。
目当てのジッポはすぐに見つかった。だってジッポの上にハットリ君のキーホルダーが置いてあったからね(´・ω・`)
みんな押し黙ってんの……。笑っていいよ?話題のオッサンが帰ってきたんだよ(´・ω・`)
もう…だめぽ…
俺は、初代ニュー速が出来た頃からネットをやっている。9年目くらいか?
その頃から2ちゃんには無職か底辺が多かった。
顔ぶれは随分変わったが、やっていることは大して変わりない。
俺ももちろん非モテだ。
当時流行ってたテキストサイトの影響もあって、クリスマスは徹夜で更新し続けたり、
オープンしたばかりのメイド喫茶でオフ会したり、それなりに楽しい非モテライフだった。
当時の仲間うちの平均年齢は、30歳弱くらい。今思うと、みんな余裕だった。
非モテって言ってもたまたま今彼女がいないだけで、イケメンの人もいたし、高年収の人もいた。
なんだかんだ言ってもそのうち結婚できるんじゃね?って思ってた。
実際、その後結婚して、ネットから疎遠になっていった人もいる。
「○○君って、もっとオシャレすれば絶対モテるのに」なんて言われていい気になりながら、
「いや俺はさくらたんしか興味ないし」とかふざけた答えを返していた。
で、久しぶりにオフ会に行ったら、当たり前だけど当時30歳だった奴ら、今は40目前だ。
イケメンはハゲデブになり、高年収はリーマンショックでリストラされていた。
もともとキモヲタだった人は、もっとキモヲタになっていた。
当時姫扱いされてた女の子は、どう見ても生活に疲れたおばさんだった。
「非モテ」「ヲタ」「童貞」「一生独身」「孤独死」
昔は、対抗文化を共有するための合言葉だったこれらの言葉が、急に現実味を帯びてきた。
自虐ネタで笑う余裕がなくなっていた。
リアルに一生独身で童貞のまま孤独死するんじゃね?という悲壮感がぷんぷん臭って、
とてもじゃないけど昔みたいに「この非モテが」とお互いに笑い合える雰囲気じゃなかった。
非モテのお前ら、ハゲデブヲタ童貞で孤独死する覚悟が本当にあるのか?
めんどくさい努力を勧められる煩わしさを避けるために
「俺三次元の女の子に興味ないし」と言ってるんじゃないか?
生ぬるい非モテコミュニティの中で余裕こいていられるのは今だけだぞ。
今はめんどくさいから後回しって思っていても、
あと数年すると、本当に取り返しのつかないことになる。
40歳過ぎてから「やっぱり結婚したい」と思っても、その時から努力し始めてももう遅いんだ。
成人式の為に買ってもらったスーツを着て
かっこいいと言われ、何枚も写真を取られ
車で会場まで送ってもらい
「友達と飲むだろうけど、イッキなんてしたらいかんよ?
遅くなるだろうから気をつけて帰ってらっしゃい」
そう言われた後一人で会場を一周し、中に入ることが出来ず
友達と飲みに行くことになっている手前、そのまま帰ることも出来ず
夜まで時間つぶすためにその足でスロット店へ行き
親からもらったお年玉を使い切るのに2時間も持たず
銀行から下ろした8万も消え
どうしようもなくなって、夕方頃に家に帰り
人が多すぎて友達と会えなかったと言う俺に
母さんは、じゃあ夕飯ちゃんとしたもの作らなきゃねと言い
俺は震えて声も出せないほど泣いた
イヴの夜に両親不在の実家に妹の彼氏が来て
空気読んで「俺予定あるから」って言って外に出て
当然予定もないし、友達いないし
漫喫で泊まろうと思ったら財布無くて
財布とりに家帰ったら
鍵かけられてて、家の電気消えてて、妹と彼氏が確実にギシアンしてて
大して厚着もしてないのにこの寒空の下、とにかく朝になるまで時間つぶしたくて
でもリア充、DQN共の巣窟の駅前には行く勇気も金も行動力もなくて
誰にも見つからないように近所の小山を歩き回って、職質受けた挙句
結局、事後であろう午前3時頃に家に帰ってきて
妹と彼氏がギシアンして満足したであろう我が家の庭のエアコンの室外機に寄り添って
人が作り出した文明の利器の暖かさに触れて
昨日初めて優しくされた気がしながら夜を明かした、イヴの夜
晩飯は妹と外食するつもりだった
それに両親不在だったので昨日は少量のお菓子以外にまともな飯も食ってない
腹すいたときは昼に食ったハバネロの粉が爪の間に残ってる気がして
一人で指チュパしながら山の中徘徊してた
俺は高校の時、DQN4人組にずっと悪質ないじめを受けていた。
チンポの写メとられたり、殴られたり、クラスの前でからかわれたり
机に悪口を掘られて、そこに修正液を流し込んで、悪口を消えなくしたり
牛乳パックを投げつけられたり、本当にいろいろされて死にたかった。
俺はそれがトラウマで高校はなんとか卒業したが、大学には通えなくなった。
今は底辺ニートやってるよ。
去年、急に俺のところに高校の同窓会の連絡が来たんだ。
いままで、一回も呼ばれたことなかったのにな。
俺は24歳ニートだったからもちろん断ろうとおもったよ。
でも、しつこく誘おうとしてる奴がDQN4人組の一人だと知った。
俺は同窓会に出ることに決めた。
同窓会が盛り上がってる最中に俺に人生狂わした4人のだれかをぶん殴って
それで出て行こうと思った。
で、同窓会なんだけど最悪だった。あいつら4人は本当に最低だった。
あいつら4人は同窓会遅れていった俺の近づいて来て、いきなり謝り始めた。
「昔、いじめて本当にごめん。ずっと反省してたんだ。
一度、いじめた俺たち四人全員で謝りたかったんだ」
と言って、真剣に俺に謝ってくる。
同窓会終った後に、更に俺を呼び出して
「お前の傷が治るかわからないけど、本当に許してくれ」
とDQNリーダーは土下座までしてきた。
DQNの二人は旧帝卒のエリートになっていて、
残り二人もしっかりした仕事に就職した立派な社会人になっていた。
俺は悔しかった。DQN4人は最後まで極悪のDQN4人でいてほしかった。
なのに、会ってみると、人のできた立派な人間になっていた。社会的立場も良好だった。
逆に、俺は高校卒業からずっとニート、
更にずっとお前らを憎んできて、人間性なんて形成されずに止まってる。
社会性なんて身につきもしなかった。
俺の憎しみは対象を失って自分に帰ってきた。
同窓会の日はすごく死にたくなった一日だった。
教室で涼宮ハルヒの憂鬱(初版、流行る前からもってた)を読んでたら
「なぁ、それハルヒじゃね?」と後ろの席のやつにいわれた。
ちょっと怖い煙草とかすってるやつだったから
「うん、ハルヒ。それの一巻」って説明したら
「○○って長門に似てるよな」とクラスの女子のことを指さした。
大人しくていつも読書している小柄で可愛いこだった。
たしかにそっくりだったし、
長門にも彼女にも好意を抱いていたので最高の笑顔で「うん」と賛同したところ
おもむろに携帯で○○さんのハメ撮りを見せてくれました。
誰かハルヒのいる世界に連れて行ってください
高校を卒業してから早3年が過ぎた
あのうるさいハルヒと別の大学に行ったおかけで
俺はめでたく宇宙人も未来人も超能力者もいない普通の日々を手にいれた
しかし、あの非日常的な日々を
俺はなんだかんだで気に入っていたと思い知らされる事がよくある
地元の成人式で久々にハルヒに再会したあの日もそうだった…
久々に再会したハルヒと話をすると近々結婚するんだそうだ
どうやらできちゃった結婚らしい、あのハルヒがね…
その夜、同窓会で酔った勢いだったのかなんなのかさだかではないが
どちらともなくそんな雰囲気になり、ハルヒを抱いた
俺に抱かれてる間ハルヒはずっと俺の名前を呼びながら泣きじゃくってた…
先日、ハルヒからハガキが届いた、入籍の報告だった
その笑顔にあの頃の輝きは無かった…
俺の色褪せた日常の中で眩しいほど輝き続ける高校生活3年間の思い出
そして、その中で他のなによりも輝いていたアイツの笑顔
もしあの頃、俺達がお互いにもう少し素直になれていたら
こんな未来を選ばずにすんだんだろうか…
などと答の出ない疑問を思い浮かべながら
俺は今日も色褪せた日々を生きている
朝起きたらとなりでルイズが寝ていた。
俺は死ぬほど嬉しかった。何せ夢にまで見たルイズだ。
童貞の俺にもついに彼女が出来て幸せに暮らしていける。
そしてマイホームを買って子供をつくって毎日幸せな生活をする。
そんなことを一瞬にして考えた。
でも、ルイズは「サイトはどこ?サイトどこにいるの?」
って言うんだよ。俺のことは見向きもせずに。
そのとき分かったんだ。ルイズはサイトと幸せになるべきだって。
だから俺は一緒にサイトを探してあげた。
やっぱりルイズの笑顔は俺に向ける笑顔よりサイトに向ける笑顔のほうが可愛い。
俺は二人が幸せになってほしいと願いながら立ち去った。
そんな夢を見た。
起きてとなりをみた。
ルイズの抱き枕があった。
目から涙がこぼれた
私、君みたいな男の人知ってる。
仕事で困った時に一生懸命汗かきながら助けてくれたり、
「パソコン買いたいな」って言ったら、
お勧めのパソコンリスト作ってきてくれたりしてくれるんだよね。
だからお礼に冷たいお茶入れたり、
くたびれたスリッパ履いてたからプレゼントしたりした。
でも何故かわからないけど全然違う。私の彼氏と。
彼氏は別にイケメンじゃない。でも一緒にいると幸せな気持ちになるし、
ドキドキするし、エッチな気持ちにもなる。
「可愛い」って言われただけで頭がぼーっとなる。
彼氏の為だけに可愛い洋服や下着を選んで迷って、一日かけてたりする。
それを褒められるとホントに嬉しい。
全然違う。君と。
何が違うんだろう。
誤解させたならごめんなさい。告白させたりしてごめんね。
優しくしたのはお年寄りに優しくするのと一緒なの。
気付いてる?君達ってお年寄りと似てる。
「あんたはね、ネットだけの知識で頭でっかちになってるよ。
2ちゃんねるで取り入れた知識を偉そうに私やトーチャンに
話してるけど、働いたこともないあんたが言うと滑稽なんだよ。
ニュース番組見てても得意げに2ちゃんねるの受け売りを
披露してるけど、カーチャンとトーチャンだから笑って聞いてあげてたんだ。
頼むから外で働いて、自立して。
カーチャンもトーチャンももう先は長くないだろうし、アンタの
子育ては大学卒業の22歳で終わりなんだよ。
アンタはもうオッチャンなんだから、カーチャンとトーチャンに
すがったって、もう何もしてあげられないんだよ。
この二年間、ずっと部屋でパソコンして、にちゃんねる見て、
結局今のアンタはネットの情報だけで頭がいっぱいになってて、
何もいいことなんか無かったんじゃない?
民主党が政権取ったら中国が攻めてくる?
攻めなきゃいけないのはアンタの人生だよ。
友達と遊んだ?彼女は作れた?いないでしょ。誰も。
トーチャンとカーチャンしかいないでしょ。
情報弱者情報弱者ってカーチャンに言っても、アンタが社会的弱者なのは変わらないのよ。
日本は愚民ばかりだって?働きもせずにネットやってるアンタほどの愚民はいないわよ。
だからそんなんじゃ、トーチャンとカーチャンいなくなったら
本当にアンタは独りぼっちになるんだよ。
外出て働いて、友達作って恋人作って、自分のために自立しなきゃ」
なあ、お前と飲むときはいつも白○屋だな。
一番最初、お前と飲んだときからそうだったよな。
俺が貧乏浪人生で、お前が月20万稼ぐフリーターだったとき、
おごってもらったのが白木屋だったな。
「俺は、毎晩こういうところで飲み歩いてるぜ。金が余ってしょーがねーから」
お前はそういって笑ってたっけな。
俺が大学出て入社して初任給22万だったとき、
お前は月30万稼ぐんだって胸を張っていたよな。
「毎晩残業で休みもないけど、金がすごいんだ」
「バイトの後輩どもにこうして奢ってやって、言うこと聞かせるんだ」
「社長の息子も、バイトまとめている俺に頭上がらないんだぜ」
そういうことを目を輝かせて語っていたのも、白○屋だったな。
あれから十年たって今、こうして、たまにお前と飲むときもやっぱり白○屋だ。
ここ何年か、こういう安い居酒屋に行くのはお前と一緒のときだけだ。
別に安い店が悪いというわけじゃないが、ここの酒は色付の汚水みたいなもんだ。
油の悪い、不衛生な料理は、毒を食っているような気がしてならない。
なあ、別に女が居る店でなくたっていい。
もう少し金を出せば、こんな残飯でなくって、本物の酒と食べ物を出す店を
いくらでも知っているはずの年齢じゃないのか、俺たちは?
でも、今のお前を見ると、
お前がポケットから取り出すくしゃくしゃの千円札三枚を見ると、
俺はどうしても「もっといい店行こうぜ」って言えなくなるんだ。
お前が前のバイトクビになったの聞いたよ。お前が体壊したのも知ってたよ。
新しく入ったバイト先で、一回りも歳の違う、20代の若いフリーターの中に混じって、
使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になってバイト続けているのもわかってる。
だけど、もういいだろ。
十年前と同じ白木屋で、十年前と同じ、努力もしない夢を語らないでくれ。
そんなのは、隣の席で浮かれているガキどもだけに許されるなぐさめなんだよ。
「ところでさっきから書類と睨めっこしてるけど進んでるの?」
「俺、さっきから君の事見てたんだけどさ、仕事してるフリしてるよね?」
「わからない事があったら俺に聞いてって言ったよね?それなのに何で?」
「自分一人で出来ると思ってるのかな?俺、何度も何度も言ったよね?」
「この資料誤字が多すぎる。ちゃんと見直したのか」
「何回も同じこと言わすなよ」
「お前いつになったらアポ取れるんだよ」
「メモ取らないってことはお前わかってるんだろうな?」
「もういい。俺がやるから他の事してろ。」
「○○に教わった通りにやった?、言い訳すんな」
「お前は後3年はかかるな」
「いつになったら要領よく仕事ができるんだ?」
「頭使えよ」
「お前の声聞いててムカつくんだけど」
「お前滑舌悪いからムカつく」
「その自信なさげな喋り方なに?」
「言いたいことが解らない」
「何がいいたいの?お前の話し方ムカつく」
「演技はしないでいいよ」
「俺でも、気分が悪いフリして病院にいけば診断書をもらえるよ」
「きついフリはしなくていいから」
「どうして早く出勤できないの?出てくるのに時間がかかるならもっと早く起きればいいでしょう」
「都合のいい病気だよね」
「どうして積極的に仕事ができないの」
「何でも他人のせいにするな」
「俺達をなめてるだろ」
「君は欝じゃないんだから」
「君の病気は自分が変わろうとしないと治らないんだよ」
「君よりストレスを抱えてる人はたくさんいるのにね」
「さっさと辞めて他の仕事探したら?」
私は夫のコレクションを捨ててしまって後悔した立場でした
鉄道模型でしたけど
かなり古い模型がまさに大量(線路も敷いてて一部屋使っていた)という感じでした
結婚2年目ぐらいから「こんなにあるんだから売り払ってよ」と夫に言い続けたのですが毎回全然行動してくれずに言葉を濁す夫にキレてしまい留守中に業者を呼んで引き取ってもらえるものは引き取ってもらいました
帰ってきた夫は「売り払ったお金は好きにしていい」「今まで迷惑かけててごめん」と謝ってくれました
残っていた模型も全部処分してくれたのですごく嬉しかったです
でもその後夫は蔵書をはじめ自分のもの全てを捨て始めてしまいました。会社で着るスーツとワイシャツや下着以外は服すらまともに持たなくなり、今では夫のものは全部含めても衣装ケース二つに納まるだけになってしまって
あまりにも行きすぎていて心配になり色々なものを買っていいと言うのですが、夫は服などの消耗品以外絶対に買わなくなってしまい
かえって私が苦しくなってしまいました
これだけ夫のものがないと夫がふらっといなくなってしまいそうですごく恐いのです。
こういう場合ってどうしたらいいんでしょう
彼とは4年お付き合いをし、昨年10月に婚約しました。
両親は私が一人っ子なので彼に婿に来てもらい、同居を希望したのですが
彼は婿には抵抗があるのと、結婚後すぐに同居するつもりはないと両親に
返答したことから話がこじれてしまいました。
この時は私も同居の方が楽なので、両親の意見に賛成してました。
ただ、彼が頑として婿と同居に反対したので、一旦引き下がり、両親の意見で
披露宴の招待状を出して結婚が公になったところで、婿と同居が無理なら
結婚は出来ないと言えば、世間体もあるので条件を飲むのではないかという事で
暫く黙っていることにしました。
今月になり再び婿と同居の件で、両親交え話したところ、彼は最初は穏やかに
話していたのですが、父の「もう結婚やめる訳に行かないから、婿になるのが
一番いいよ」(こんな感じの優しい感じでした)の言葉に、彼が突然激怒して
そのまま帰ってしまいました。
私もまさか婚約破棄を彼がするとは思ってなかったので、「突然帰るのは
両親に失礼だからちゃんと謝って。それに私も同居の方が楽だし、私の幸せも
考えて」と言った呑気なメールを送ったりしてました。
で、2週間振りに会ったら、「婿に来て欲しいのも同居したいのも分かるが、
やり方が卑劣で、それに同調したおまえが一番許せない。悪いけど、婚約破棄する」
と言われました。
私はどうしたら良いか分かりません。
「結婚」でつまずいた。
今年の3月、一年付き合った彼女に「結婚してください」とプロポーズ。
彼女は「嬉しい!」と喜んでくれた。
六月に式を挙げるので、式の日取りを彼女の両親と相談。
そこで彼女から「今後の生活の設計を二人で立てたいから、
ボーナスと月給の明細を見せっこしよう」と言われたので、明細を渡した。
それから一週間。彼女の両親から携帯に直接電話が掛かってきた。
電話で「あなたの将来が無いとは言わないけれど、
毎月の給料が手取り36万じゃ安すぎません?あなた32歳だったわね?
ウチの娘を食べさせていけるの?結婚はままごとじゃないのよ。
とにかく結婚は延期してくださる?」そうまくしたてられ、電話が切れた。
俺は呆然とした。確かに手取りは少ないけど一部上場の企業だし、
組合はしっかりしてるし、福利厚生も悪くはないし、
ボーナスは確実に夏冬2.7 ヵ月分は貰えるし、
悪くないと自分では思っていたが・・・。
彼女と電話で話し合ったら「この給料じゃ生活できない。
私は専業主婦になりたいし、子供も欲しい」と言われ、
最後に「年収は800万位と思っていた」と言われた。
それきり彼女から電話は無い。もう結婚はしなくていいと思ってる。
周りの友達に結婚報告して祝福してもらった後だったから、
説明するのが悔しくて、情けなかった。
唯一の救いは会社には言わなかった事かな?
今日も何とか生きています。
就活生のオレはいまだに内定が取れず色んな企業の選考に足を運んでいた。
んで無理だろうと思っていたそこそこ大きめな(地元では)企業から内定のメールがきた。
信じられなかった…元々敷居の高いところってのと
面接官の態度や質問が圧迫面接なんてレベルじゃ済まされない程クソで、口論して部屋を出て行ったからだ。
大人げない事したなと後悔してたが、逆に評価されたのかと思い何とも言えない気分だった。
そしてメールで歓迎会でBBQやるから来いと連絡がきた。
同期の人間の顔も見たことないし凄く楽しみにして現地の河原に向かった。
かなりの人数が集まっていてオドオドしていると口論した面接官が
「お、○○君!こっちこっち。」と手招き。そこには同期らしき人間が並んでいた。
「初めてだし自己紹介は恥ずかしいだろうし俺から簡単に説明するね。」と端から順に面接官が紹介していった。
最後に俺だった。
面接官「コイツが面接中にキレて出て行ったアホw個人的に教育したくて嘘の内定メールだしたら本当に来てしまったみたいですw
○○君よくわかったかぁ?あんま調子乗るとこうやって恥かくから気をつけろよw」
そいつは俺に交通費と称して5千円札を握らせると「釣りいらねーからw」と一言。
周りからは「カッコイイぞw」だの「やりすぎだろw」だの野次が行き交っていた。
俺は恥ずかしさと怒りでパニックになりながらその場から逃走。今は就活する気起きない。
先日大学の試験があって、ノート持ち込みの論述形式の試験だったんだよ。
で、試験開始の5分前にほとんど授業に顔出してないギャル女が来て、
「えー!マジ持ち込みとか知らないしー!
何にも持ってきてないんですけどー!」って騒いでた。
そいつの友達も何にも持ってきてないらしくて、
4人くらいでどうしようどうしようと慌てていた。
どうやら近くに座ってる真面目な女の子にノート借りようっていうことになったらしく、
以下ギャルの一人とその女の子の会話。
ギ「すみませーん、私たち持ち込みだっていうの知らなくてー、
使わないノートでいいんで貸してもらえませんかー?」
真「えっ?これですか?…全部使うんでそれはちょっと…」
ギ「お願いします!すぐコピーして返しますから!」
真「は、はい…。」
ギ「ありがとうございまーす」
教室から出て行くギャル。待つ真面目。
でもギャルは帰ってこなかった。。。
試験終了後、半泣きの真面目と違う入り口から入ったと思われる嬉しそうなギャル。
いかなごってのがこの土地の名産らしいと聞き
引っ越してきてすぐwktkしながら商店街の魚屋に買いに行った
店の外には「いかなご入荷!!」と紙がペタペタ張ってある
俺「いかなごください」
店主「無いよ」
俺「え…売り切れですか」
店主「無いよ」
そこに他の客が続々店入ってきて
おばちゃんA「いかなごある?」
店主「あー入ってるよー」
おばちゃんB「なんや兄ちゃんには売ったらんのか」
店主「こういうときだけ来られてもなあ、ふだん買い物してくれへん人に売るのは無いな」
俺、下向いて退店
マックスバリューで買って帰った
商店街が暖かいってのは大嘘
鮮魚コーナーの前で子供を連れた若い母親と昔から近所に住んでいるババアが揉めていた。
若い母親は注文してあったお祝い用の鯛を受け取りに来たらしい。
鯛をカゴに入れて歩き出した。
するとババアが「あらそれ美味しそうね〜私買うから譲って」と言いカゴから取り出して自分のカゴに入れた。
若い母親は「それはうちが注文してあったんです!」と言い取り返そうとした。
ババアは「私だって食べたいの!あんた別の買えば?」と言い立ち去ろうとした。
若い母親はババアの腕をつかんで引きとめた。口論になった。
鮮魚コーナーの店員が出てきてババアに「このお客様が注文されたものですから」と説明してもババアは譲らなかった。
ついに店長を呼ぶことになった。
店長はババアの知りあいだった。
なんと店長はババアに鯛を売ってしまった。
若い母親は「この子のために注文したのに…!」と反論した。
店長は「こちらは昔からのお客様ですので…申し訳ないですが…」 と言い聞き入れなかった。
若い母親は半泣きで買い物カゴをその場に叩きつけて「2度と来ない!」と言い帰っていった。
鮮魚コーナーの店員も周りの客もみな呆れと非難の混じった顔で店長を見ていた。
確かに田舎の店で新住民より原住民の方を大事にする傾向はあったがこれは酷いと思った
小学校一年生の時、公園で財布を拾った。
憧れのお巡りさんと会話が出来ると喜び勇んで交番へ届けに行った。
お巡りさんに拾った財布を見せると、おもむろにお巡りさんは財布を手に取り、中身を確認した。
「こっちも忙しいんだよ。
小銭がちょこっと入ってるだけの財布を持ってこられても面倒なんだよ。
本人が気がついて、君が拾った場所を探してたらどうするつもりだ
仕事を増やすんじゃない。
これからは財布見つけたら、触らずにその場に置いておけ」
みたいな事を矢継ぎ早に言われて、怒られた事がある。
昔テレビドラマの制作進行(ADみたいな雑用係り)をやってた時の話。
撮影が深夜になって冷え込んできてプロデューサーに
「近くのコンビニでスタッフ全員に缶コーヒーでも買ってきてあげて」
って言われたから寒い中住宅街を走り回って(車使えないから文字通りダッシュで)、
コンビニ2軒ハシゴしてホットコーヒー35本買って来たんだわ。
んで帰って来たら同じ制作の女の先輩に「何勝手に制作費無駄いしてんの?
制作進行ならその辺の家で電源借りてポットで湯沸かしてコーヒー淹れろよ!」
って、一方的に怒られてコーヒーはそいつに奪われ、
電源貸しくれるトコ探しにポット片手にまた住宅街を回るハメになったんさ。
んで、何件か民家回って事情を説明して電源かしてくれるトコ見っけて、
お湯が沸くまで現場にいようと思って急いで帰って来たら、
そのクソ女が満面の笑顔で「お疲れ様で〜す☆」とかぬかしながら
スタッフに俺が買って来た缶コーヒー渡して歩いてるんだよ。
しかも「ありがと〜!わざわざ買いに行ってくれたの?」っていう
スタッフの問いに対し「そうですよ〜☆」と即答する腹黒っぷり。
最後に俺の手元にはぬるいからいらないと言われた缶コーヒーが5,6本残り、
コーヒー代4200円は制作費として認められず俺の自腹にされた。
他にも信じられん事が何回かその現場であって、俺リアルに人間不信になった。
駅前のちょっと大きなゲームショップにソフトを買いにいった。夏休みで周りはガキばっか。
そこに20代中頃の無精ひげを生やし太った、一目で判るようなオタク息子と、
母親(酷くやつれていて祖母さんかも)らしい二人連れが入ってきた。
財布を持ってオドオドしている母親を尻目に、息子はPS2を抱えてレジへ。
いい歳こいて、ひでぇ息子も居たもんだ、と見ないフリして見ていたら、
急に息子が、
「ステルビャー(?)くれ!!あるんだろ!早く!!売ってくれよ!!」
店内に響きわたる大声で怒鳴り始めた。
店員は怯えきった表情を浮かべながらも説明していたが、息子は怒鳴り散らすばかり。
店内のガキたちの目は、レジ釘付け。それに気づいた母親が息子をなだめ始めた、
と思った瞬間、息子が母親の腹をパンチ!
見るに耐えない酷い光景だった…しかし母親は耐えて、店員に謝って
PS2とゲームの代金を支払って息子を連れて帰って行きました。
以前犬を飼っていたときにかかりつけになって貰っていた獣医さんの
病院の前にいかにも生まれたての子猫が2〜3匹と親猫がまとめて捨てられていたそうだ。
獣医さん曰く「良くある話、可哀相だが保健所へ連れて行った」とのこと。
それを後ろで聞いていた、子猫を連れてきていたおばさんが激怒。
「獣医さんなら飼ってくれるか、飼い主を捜してくれると思ったから
ここに捨てたのに。殺すなんて酷い!」と。
このおばさん、避妊出術もしないで外飼いしてた猫が出産。
全部飼うほど裕福な暮らしはしてない、引き取り手探すのもめんどくさい、
自分で保健所に連れて行くのは忍びない、そうだ獣医さんならって事で
病院前に捨てたそうだ。
ずうずうしいって言うか、基地外と言うか、呆れてものも言えなかった。
昨日、近所をまったりと散歩していた。
片側二車線の、結構交通量が多い国道があるのだが、そこに差し掛かった時。
押しボタン式横断歩道を何人かが横断中だった。
俺は渡るつもりはなかったのでゆっくり歩いていたんだが、見れば何故か
不自然なスピードで迫ってくる車が。
何をする間もなくその車、なんとノーブレーキでそのまま横断歩道に突っ込んだ。
運悪く女性が一人横断中。
それをそのまま思いっきり跳ね飛ばした。
そこに至ってやっとその車止まったんだけど、エアバッグも作動してたかな、
うわーと思って携帯で通報したんだけど、もう跳ね飛ばされた女性の方は
ピクリとも動かないし血がぶわーってなってるし、近寄る勇気はなかったん
だがもうダメだというのは分かった。
それで運転手が降りてきて女性の方によってたのは見たけど、
同乗者と二人してオバさんなんだよこれが。
戻ってきたらこの二人がでかい声で「あんた!飛び出してきたら危ないでしょ」とか
「なんでいきなり渡ってるの」とか言ってんの。倒れてる人に。
やべーこの人達もしかして痴呆か?とか思いながら警察と救急きて、まあやっぱり
女性は即死みたいだったんだけど一応病院に運ばれていった。
それでさ、もうオバハン二人の言い訳がなんでそうなんかわかったんよ。
この二人、話に夢中で信号なんか見てなくて、自分が信号無視したことにも気づいてない。
しかも「話してたから」「ちゃんと前見てなかったから」ってさ、不注意の言葉
じゃん?だけどこいつら、「それだから轢いても仕方がなかった」みたいな、
自分を正当化する言い訳にしてんのよ。
警察官が「轢いたのは事実だから」「言い訳しても遅いから」「あんたが轢いたんだよ」
と段々語気が荒くなっていって怖かった。
最後には「あんたは人を一人殺したという自覚がもてないのかっ!」って大声になってた。
それでああ、死んだんだ…って思った。
事故も後味悪いし、このオバハンの態度も腹立つし…すごい泣きたくなったよ。
なんでこんな自分が悪いとも思わない人にあの女性殺されなきゃならなかったのかと。
裁判長「判決の前に、被告は何か言いたい事はありますか?」
宅間「えー、発言してもよろしいか?…なら話すわ。
まあ、まだ判決はでとらんのやけども、もうすぐ出るし、
わかっとる事やから、最初に言うとく。
どうも死刑にしてくれて、ありがとう裁判長さん。
感謝するわ!わし、死にたい思うてたから、ほんま助かる。
やっと死ねるんやなーと思うとほっとしたわ」
裁判長「静粛に!…被告は裁判を誹謗しないよにしてください。
これ以上、不穏当な発言を続ければ退廷させます。いいですね」
宅間「今のは、誹謗とか批判ではのうて、純粋のワシの心から出たほんまの気持ち。
わかってもらわんでもええ。言いたい事はまだある。それは、殺してしもーた子供達にや!」
宅間「わしが殺したガキどもは、わしの自殺の為の踏み台の為に生きていたんやな!
ほんま、感謝しとる。あのガキが8人死んでくれたから、俺が死ねるんやから
感謝せなあかん!死んでくれてありがとう!!
でも、死刑になるだけやったら3人で十分やったな。残りの5人はおまけで感謝しといたる!」
…どよめく室内。裁判長が退廷を命じる…
宅間(引きづられなから) 「おい、くそガキの親!おまえらのガキの8人分の命は
ワシ一人を殺して終わりの程度の価値やったんやぞ!
エエ学校に行かせて偉そうにしとったから死んだんや!
ガキどもが死んだ原因はおまえらあるんや!
せいぜい一生反省せいよ!
あの世でもおまえらの子供しばき倒したるからな!
あははははは!あははは!こらおもろい!」
5分ほど後に、判決文が読まれた
[目次]
1. やるせない話・救われない話
私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、
母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えない質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま高校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確に海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし
彩りも悪いし、とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
母は悲しそうに「気付かなくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。
それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」日記はあの日で終わっていた。
小さいころ新聞に折り込まれた広告を見ると
近所に出来た電気屋さんの開店セールのチラシが入っていた。
そのチラシには「開店記念、ホットプレートで作った焼きそばを無料配布」の文字が!
焼きそばが大好きだった俺は
タダで焼きそばか食べられるのかと
ワクワクしながら弟を一緒に電気屋の前まで行ったが
電気屋の近くまで来た時に目にした光景は
閑散とした客が誰一人としていない店頭で
一生懸命呼び込みをしながら焼きそばを小さなホットプレートで
焼きつづける電気店主夫婦…
子供の目にもあまりにも寂しい雰囲気だったので
「焼きそば下さい」と店の前まで行く勇気が湧かず
弟と一緒に遠巻きに電気屋を見て、そのままそそくさと帰宅した。
それから月日は経ち電気屋は無くなった。
ドラクエで凹んだときスレに書いたら凄い引かれたのでここに書きます
小学校のとき、先生に知能に障害がある子のうちに遊びに行かされた
彼は脇目もふらずにドラクエ3をやっていて、正直、「こいつでもドラクエとかわかるんだなあ」と思った
三十分ほど彼のプレイを見ていて、とても悲しい事に気が付いた
彼がそのゲームでやっているのは、アリアハンの周りでスライムとカラスを倒す、ただそれだけだった。パーティにただ一人の勇者のLvは50を越えていた。彼は永遠、素手でスライムを殺し続けた
とても楽しそうだった
先に進めてやろうと思い1コンに手を伸ばしたら凄い剣幕で怒鳴られた。なんて怒鳴られたか聞き取れなかったけれど、とにかく怒鳴られた
それを見て彼の母親が「ごめんなさいね、○○ちゃんはファミコン大好きのよ」と僕に謝った
彼はドラクエ以外のソフトは持っていなかった
僕はそれ以来、ゲームをやらなくなった。以前のようにゲームにのめり込めなくなってしまったのだ。コントローラーを握るとやるせなくなった。友達の家に行ってもみんながやるのを見ているだけだった
その間、僕はゲームに興じる友達の背中だけを見るように努めた
本当にむなしかった
その内に、僕はファミコンを憎むようにさえなった。今までの人生の中で、あんなに何かを憎んだことはない
それは真夜中に僕を目覚めさせた
ゲームなんかこの世からなくなってくれと本当に願った
僕はソフトを彼に全部あげて、本体は捨ててしまおうと思ったが、兄に怒られそれすらできなかった。
一人暮らしをしている今でもゲームは嫌いだし、もちろん家にも置いていない。
時々、彼と、永遠に世界を救えなかったであろう彼の勇者の事を思い出すと、とても悲しくなる
大学のとき、高校の同級生の女の子がALSを発症した。
そう親しくもない子だったし、ALSってどんな病気かも知らなくて軽い気持ちで大学の近くにあったその病院に、ひまつぶしで見舞いに行っていた。
ある日彼女が、病室で言った。
「あたし処女のまま死ぬのってイヤだなあ、ねえ今度夜這いにこない?」
その晩実際に夜這いに行った俺を迎えた彼女は、病院の寝巻姿ではあったが髪はちゃんと整えてあり、うっすら化粧をして、下着も当時流行り始めたTバックだった。
行為そのものは少々やっかいで、彼女は自分で脚を開くこともできなかった。
彼女はわざとらしい喘ぎ声をあげて、なんとか無事終ることができた。
そのあと俺に寝巻きを着せてもらいながら、彼女は嗚咽していた。
翌日俺の実家に彼女の母親から、「息子さんの優しいお見舞いに感謝します。」と電話があったという。俺はまさかと思ったが、しばらくして戦慄した。
彼女はもう、起き上がることすらできない。トイレだって行けないからたぶんおむつの世話になっているはずだ。
では誰が?
彼女の髪をとかし整えてやったのか
彼女に薄化粧を施してやったのか
彼女のおむつを脱がし、流行りの下着をはかせてやったのか
それがわかったとき、嗚咽とはいかないが不覚にも涙が出てきた。
あれから8年、
彼女はもはや目も動かせない状態で今も闘病を続けているという。
留年経験者から言わせて貰うと
だいたい心の準備は出来てるから通告された時の精神的ショックはそれほどデカくない
多少涙目になるぐらいだ
でもな、問題はそのあと両親に報告する時なんだよ
電話するだろ?「ゴメン留年した」って
電話では「…そう。残念だったわね。いつ帰ってくるの?」とか優しいんだぜ
まぁその優しさが心に痛いんだけどな
で、恐る恐る帰省すると、案外あっさり迎えてくれて、ほっとしてくつろいじゃったりなんかして
メシ食って、リビングでテレビなんか見ててさ、母親がぼそっと呟くんだ
「あなた何も言う事無いの?」って
「…ごめん、留年しました」「それだけ?これからお母さんたちにどうしてほしいの?なんで今まで連絡しなかったの?どうして留年したのか聞いて無いよ?」
あぐらかいてた俺は正座しなおして、何年かぶりに親の前でダラダラ涙流して謝ったね
もう二度とあんな事したくない
横浜での話だったと思う
中学生くらいの男の子と母親が信号待ちをしていた
見るからに大切に育てている息子
でもマザコンチックであったり、教育ママ的でもなく、
微笑ましい関係が見ただけで判る、そういう親子
信号待ちをしていた親子に車が突っ込んだ
車は息子だけを轢き、母親は呆然と立ちすくんでいた
周囲の人々が、車の下敷きになった息子を助け出し、救急車を呼び、辺りは人々が取り囲み騒然とした
息子の腕はちぎれ、足は関節がいくつも出来たように折れ曲がっている
その顔は苦痛に歪んでいる
助かるかどうかは判らないが、とりあえず今は生きている
すると母親が突然叫んだ
「殺しましょ、ね、殺しましょ。このまま生きていても苦しいだけだし、
腕もどっかいっちゃったし、足も変だし、殺しちゃいましょうよ、ね、ね、ね!!」
周囲の人々に訴えかける。
救助活動をしていた市民が母親に「お前それでも母親か!」と言っても
「殺しましょ。もう一回車で轢いてよ!」
その後は救急車が来て、どうなったかの顛末は判らない
よく通る道に花が手向けられている電信柱があり、
通る度に供えられた花の種類が変わっていたので
よほど大切な人を亡くしたんだろうなと気になって見ていた。
ある時、その電信柱の前を通ったらその花が荒らされていた。
次の日通ると花は綺麗に新しくなっている。
その日の夕方に通るとまた花が荒らされていた。
その後荒らされる→新しい花→また荒らされるというのが暫く続いた。
猫や鳥にやられたのかな?と思いつつ通り過ぎていたが、
ある日偶然にもその花を荒らしている最中の人を発見。
俺はとっさに車を降り、
「何してるんですか!」と咎めた。
するとこちらを向いた40〜50代位の女性に女性が
「○○ちゃんを返して〜」と号泣。
虚をつかれうろたえながら彼女を宥めつつ話しを聞くと、
彼女は娘さんをここで亡くした。
娘さんは歩いていて、車に突っ込まれた。
運転していた男性もこの電信柱にぶつかった衝撃で亡くなった。
この花は加害者の男性の家族が供えている。
その花を見る度に娘を思い出してしまい、いたたまれなくなって
花を荒らすようになってしまった。
といった感じでした。
「もうこんな事はしませんから…」
と泣きながらふらふら帰っていく彼女を見て
やるせない気持ちになり暫くそこに立ち尽くしてしまいました。
知り合いの話。
知り合いには知能障害の叔父さんがいて、知り合いが物心付いた頃から既にちょっとおかしい人だったらしい
そんな人だから、結婚も出来ず、60を過ぎても一人暮らしをしてた
で、ある日耳から変な液が出てきたってんで兄弟が病院に連れてったんだと
そしたら頭蓋ん中イッパイに膿が溜まってて、それが脳を圧迫してた
医者は親族にこう尋ねた
「昔、頭の手術をしたことありませんか?」
そういえば、彼が3歳だった頃に風呂で母親が頭を洗っていて水が耳に入り、耳が腫れたことがある。
その時手術をしたと思うが、それがどうしたのか
「恐らくその時に付いた傷が原因ですねこの膿は…今まで知能障害と思われていたのも、脳についた傷と膿がもたらしたものでしょう。」
先天性のものだと思っていたものが実は医療ミス
しかも3歳の頃の傷で、約60年分の人生を台無しにされてしまった
親族にしたらものすごいショックだったと言う
しかも膿の摘出手術を終えないと助からなかったが、既に本人にその体力がない状態
数日して亡くなったという
洒落にならん話だった
小学校の頃、障害を持った子が入るひまわり学級ってのがあって、
ひまわり学級と交流を持つ委員みたいなのに選ばれてた俺は、ちょくちょくそこへ行ってた。
軽度の知的障害をもった女の子がいて、意思疎通はちゃんとできるし見た目も普通っぽいが、変な言動が少し目立つ感じだった。
よく話をしたりと仲良くなってたが、中学校へ上がってからは喋らなくなった。
その子は障害が軽度なので親が普通の学校へ通わせたいといって俺と同じ中学へ進学してきたが、
そこでいじめられるようになってしまったからだ。理由はやはり奇抜な言動が目立つからで、
別のクラスの俺にも噂ぐらいは聞こえていた。「あいつキモいよなあ」と聞かれ、「本当だよな」と言ってたりもした。
俺自身、一歩間違えればいついじめられてもおかしくない奴だったから、毎日ビクビクして周りに調子を合わせていた。
ある日、廊下で俺を見かけたその子が嬉しそうに寄ってきて話しかけてきたが、俺は誰かに見られてないか周りを見ながら、
「話しかけんなよ」と邪険に扱った。その子は障害があるといっても自分がいじめられてることは認識してたし、
だんだん元気も無くなっていた。でも俺は自分がイジメにあったらどうしようとばかり心配して、そんなことを言ってしまった。
そして、だんだんその子へのイジメに性的なものが加わっていって、男子の一部で「あいつ犯そっか」みたいな話が出てきた。
しばらくして、その子が不登校になって、家も引越ししていった。生徒の間のではレイプに遭ったっていう噂が立った。
本当かどうかは知らないけど、それからずっとその子のことが頭から離れなくなった。
今でもその子を思い出すと憂鬱な気分になる。最悪な中学生活、というより最低な俺だった
とある田舎に若い夫婦が暮らしていた。
妻は子供を身ごもっていて夫婦は生まれてくる日を
楽しみに待ちわびていた。
ところがある夜、妻は急に苦しみだしたのだ。
病院はかなり遠くにあり、夫は病院に電話連絡して 妻を車に乗せ向かった。
数キロ走ったところで老人が手をあげて道ばたに現れた
「車のタイヤがパンクしてしまった手伝ってくれないか、急ぎの用事があるんだ」と言う。
夫も早く病院に着きたかったので老人の言葉に「俺だっていそいでるんだ!!」と怒り気味に答えそのまま通り過ごした。
しばらくして男は病院に着いたが医者がまだ到着していないと言う。
処置室で夫婦は医者をまっていたが妻の容態は悪化し何の手を打たぬまま妻はかえらぬ人となった。
夫は医者を呪った。電話をしていたのに何故来ない!!!
この怒りを医者にぶつけてやろうと思っているとき
「おそくなってすみません」と頭を深々下げ医者が到着した。
夫は、怒りの罵声をあげようとした。その瞬間言葉につまった。
頭を上げた医者は途中で助けを求めたあの老人だった。
京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、
認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。
事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。
片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。
片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。
その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した。
母は05年4月ごろから昼夜が逆転。徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。
片桐被告は休職してデイケアを利用したが介護負担は軽減せず、9月に退職。
生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。
介護と両立する仕事は見つからず、12月に失業保険の給付がストップ。
カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、
06年1月31日に心中を決意した。
「最後の親孝行に」
片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、
2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で
「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は
「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が
「すまんな」と謝ると、母は
「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は
「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。
この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、
自分も包丁で首を切って自殺を図った。
冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、
眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。
裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。
殺害時の2人のやりとりや、
「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。
目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、
刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。
裁判の中で片桐被告は
「私の手は母を殺める(アヤめる)ための手だったのか」
と言葉を残した
東尾裁判官は片桐被告に対し
「尊い命を奪ったと言う結果は取り返しのつかない重大だが
経緯や被害者の心情を思うと、社会で生活し
自力で更生するなかで冥福を祈らせる事が相当
被告人を懲役2年6ヵ月に処する…」
そして続いてこう言った
「…この裁判確定の日から3年間 その刑の執行を猶予する」
殺人(承諾殺人)で異例の執行猶予つきの判決を言い渡たされた
そして被害者(お母さん)の心情に対し
「被害者は被告人に感謝こそすれ、決して恨みなど抱いておらず
今後は幸せな人生を歩んでいける事を望んでいるであろうと推察される」
判決の後、片桐被告に裁判長が
「絶対に自分で自分をあやめる事のないように
お母さんのためにも、幸せに生きてほしい」と言われ
片桐被告は深々と頭を下げ「ありがとうございました」と言った
片桐被告に言い渡した後に東尾裁判官はこう言葉を残した
「本件で裁かれるのは被告人だけではなく、
介護保険や生活保護行政の在り方も問われている。
こうして事件に発展した以上は、どう対応すべきだったかを
行政の関係者は考え直す余地がある。」
それは、母の誕生日の日だった。
母は自分の誕生日になぜか“デジカメ”を買ってきた。
自分への誕生日プレゼントだろうか。
でも、母は機械オンチだ。それなのになぜ買ってきたのだろうか。
だが、母は、それがかなりうれしかったのか、
ほしがっていたものをもらったときの子供のようにおおはしゃぎしていた。
「ほら、見てみて!デジカメ買ったのよ!」
母が自慢するように俺に言ってきた。
俺は椅子に座って、パソコンにかじりついていた。俺はいつもパソコンにかじりついている。
「そうなんだ」
そんな俺は母にこういった。
いまいち反応の仕方がわからなくなっていた俺はそういうことしか言えなかった。
そして、母は俺の答えを聞くと、鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。
そして、ニ、三日後。
困り顔の母がまた部屋に入ってきた。
「ねえ、お母さんちょっと困ってるんだけど……」
そんなの顔見ればわかるわ。馬鹿。
「なんだかね、写真が撮れなくなっちゃったの。それでね、お母さんよくわからなくなっちゃったから、
こういうことに詳しい人にどうにかしてもらおうかな〜、なんて……」
「うっせぇな!今話しかけんな!そんなこと説明書見ればわかるだろうが!!」
俺は丁度そのときいらついていた。
ネットで調べたいことがあって、調べているのだが、
まったく俺が知りたい内容の検索結果が出なかったからだ。
「い、いやね、説明書を読んでみてもよくわからないのよ。だから」
「うるさいっつってんだろ!!だいたいくだらねぇもんばっかり撮ってっからそういうことになるんだろ!?
二日や三日ですぐにメモリーがいっぱいになるわけないだろうが。
千枚ぐらいは撮れる最新のデジカメが、すぐにいっぱいになるわけないだろうが!
いったい何枚くだらねぇ写真撮ったんだよ?床?天井?どうせそんなもんしか撮ってないんだろ?
カメラってのはな、そうやってくだらねえもんを撮るためにあるんじゃねえんだよ!!」
俺は言うだけ言った。
「ごめんね」
俺が言った後、母は小さな声でそういった。
そして俺の部屋を出て行った。
「少しは自分でなんとかしろ!馬鹿!!」
部屋を出て行く際に俺は母にそう言った。
母は一瞬止まったが、無言のまま部屋を出て行った。
そして、次の日から母はいつものように暮らした。
ただ違うのは、デジカメを使わなくなったこと。持つことすらしていない。
たったニ、三日でデジカメもお蔵入りか。もったいない。
俺はこのとき、別に自分が悪かった、なんてことは思っていなかった。
そう、これっぽっちも、一ミクロンも思ってなかった。
あの時喋りかけてきた母が悪い。自分で理解しようとしない母が悪い。
俺はそういう考えしか持っていなかった。
そんな俺を母はいつものように振舞ってくれた。
だが、俺はそれが当たり前だと、それが普通なんだと思っていた。
それから、何日たってもデジカメが使われることはなかった。
そうして、三年後。
それはまた母の誕生日の日。
母は他界した。
いきなりの急死だった。べつに病を抱えているわけでもなかった。
だからいきなり母が死んだのは衝撃的だった。
寿命でもない。原因不明。だが、いまさら死んだ原因が分かったところでどうなるというのだろうか。
そして、今日は通夜の日。俺は俺と母だけの二人だけにしてもらった。
なんだかモヤモヤが晴れなかった。
今まで俺がしてきたことが、全て報われないことが悲しかった。
あの時、母にこうしてやればよかった。
あの時、母にああしてやればよかった。
そんなことが次々と思い浮かぶ。
なぜ……優しくしてやれなかったのだろうか。してあげられることはたくさんあったはず。
なのに、俺はいつも母を拒絶していたような気がする。
自分が気分が悪いときだけは母に当たって、都合のいいときだけなにかをほしがったりする。
全て自分が都合のいいようにしていた。そんな自分が、嫌だった。
俺はその夜、もう俺の問いかけに答えることのない母に話しかけていた。
何を話しかけていたかは覚えていない。
そして、全てが終わり、母の遺品の整理をしていると、その中に“あの時”のデジカメがあった。
そう、メモリーがいっぱいになって、どうすればいいのかと俺に聞いて、
俺が自分勝手な都合で結局答えずに、お蔵入りになっていたデジカメだ。
メモリーはいっぱいのままで、俺はどんなものを撮っていたか見てなかったから、
気になってデジカメの電源を入れ、撮ったものを見た。
中には、あの時俺がいったように、くだらないものがたくさんあった。
だが、今となってはそれはくだらないものではなく、大切なものとなっていた。
水道の蛇口、庭、花、電話機、机、俺、空……ん?俺?
俺は写真を一個戻した。そこには確かに俺の写真があった。
それは俺の寝顔を撮った写真だった。その寝顔は、とても幸せそうな顔をしていた。
そして俺は撮影日を見ると、それは三年前の母の誕生日の日だった。
そう、デジカメを買って、俺に自慢をした日。
母が若返ったような感じでイキイキとしていた日。
雫が目から一粒落ちた。
そしてそれはまた一粒、また一粒と次々と、ボロボロと落ちていく。
なぜか泣けた。ただ、自分の寝顔を見ただけなのに……。
母が悪戯心か何かで撮った自分の寝顔が写っている写真を見ただけなのに……!
俺はその場でおお泣きした。泣くのをやめようとしても、涙が次々とあふれてくる。
止まらない……ひたすら涙があふれてくる。
俺は、泣きながら、ひたすら謝った。心の中で。
ごめん。母さん。
あの時、教えてやればよかったね。
俺……俺!
自分勝手な都合で母さんを困らせて……なにもしてやれなかった。
なんでしてやれなかったんだろう。
母さんがあんなに優しく俺の接してくれたのに、なんで優しくしてやれなかったんだろう!!
母さん……本当に……ごめん。
ごめん……ごめん……ごめん……ごめん……。
その日、俺は泣き止むことはなかった。
俺が小3の時、ガンを患っていた母が亡くなった。
それから父は、俺と当時2歳だった妹の世話をすることになった。
慣れない家事と仕事の両立に父は懸命だった。
当然遊び盛りだった俺も否応なく、家の事を手伝わせられた。
なぜ母を奪ったのかと、ずっと己の不幸を呪い、この世に神様はいないと天を恨んだ。
やがて幼かった妹にも手がかからなくなり、俺は高校へ進んだ。
学費はバイトを始めることで何とかなった。
ところが妹も小学校の高学年に進み、胸が膨らみ始めた。
これまで恥を忍んで妹の下着を買って来た父も、ブラジャーなど買った
ことがあるはずもなく、途方にくれていた。
そんな時、俺にバイト先で知り合った彼女ができた。
事情を話すと、彼女は妹と一緒に下着を買いに行ったり、
生理用品の事など、なにかと妹の面倒を見てくれた。
当初戸惑っていた妹も、やがて彼女を実の姉のように慕うようになった。
彼女が遊びに来て4人で食事をしていた時、母が死んで以来やめていた酒を
父が久しぶりに飲んで酔っていたのをはっきり憶えている。
俺は亡くなった母が彼女と俺を引き合わせてくれたのかと、神様に深く感謝した。
母がいないことをのぞいて、やっと普通の家庭とはこんなものなのかと思える日々が訪れた。
そして社会人となった俺は彼女と結婚した。父と妹も、もちろん祝福してくれた。
父は定年退職したが、子会社のちょっとした役職で再雇用して貰えたと嬉しそうに話していた。
そんなある日、高校生になっていた妹が突然交通事故で死んだ。
葬式の数日後、父は会社に辞表を出し、俺は悲しみで何をする気力もなかった。
妻は父と俺のそんな気持ちを察してか、
妹の遺品を全て処分しようとして妹のタンスから
最初に買ってやったブラジャーを見つけて、泣き崩れた。
あの日から、俺は神も仏も信じられなくなった。
2. カップルの話
1週間会えなかった後のこと。
待ち合わせてたところで向こうから彼女が来て、そのまま抱きついてきた。
ずーっと顔をうずめて何言っても一言も喋んなくて、そのまま30秒後、
「充電完了〜!」
だってさ。
ベッドで並んで寝てるとき
私が「ん!」って言いながら両手を広げると
彼氏ががばっと来て抱きしめてくれる…
そんでしばらくお互い上半身密着させてぎゅーってする
すごく幸せだ
エロい気分にはならない、ただただ幸せ
抱きしめることはいい年して家族に毎日やってるけど
抱きしめられることは友達にさえされたことないから
ハグって温かいんだなって思ったよ
俺にラベルを印刷する機械の使い方教えてくれながら、
試しに印刷してみたラベルを自分の胸に貼って
「おすすめですよ、今人気なんです」
貼ったラベルは”店長のオススメ、早い者勝ち”
俺「早いもの勝ちなんだ?」
彼女「はい」
俺「それは俺でも良いの?」
彼女「”でも”っていうか、推奨って感じですね」
少し照れながらにこにこ笑った顔に俺陥落
なんだよ、クールな子かと思ってたら、
実はスゲー可愛いじゃないか
近くに新しく出来た喫茶店での高校生ぐらいのカップル(?)の会話。断片じゃないが。
男「やっぱり綺麗だなぁ…新しいもんな。なぁ?(超笑顔)」
女「出来たばっかなんだから当然じゃない」
男「まぁまぁ。ほら、メニューメニュー」
女「いい。もう持ってるから」
男「そっか。何にする?今日は奢るぞ?あ、俺はこのケーキセットにするけど」
女「…これでいい(指差す)」
男「え?いいのか?飲物だけ?遠慮するなよ?」
女「してない」
随分無愛想な女の子だな…と思った。つーか男、健気だ。
しばらくして注文した物が運ばれてくる。
男「ウマいぞこれ。ちょっと食う?」
女「いい」
男「そっか。−−あのさ。もしかして不機嫌?ってか、今退屈してる?」
女「ううん…楽しい。あたしちょっとだけ無愛想だから」
女の子は一応本当に楽しんでいるつもりらしい。
男「無理すんなよ。俺がいきなり誘っちゃったんだしさ。わりぃな。」
女「…」
女の子、いきなり男にキス。さすがに凝視できなかったけど、多分口に。
男「((゚Д゚)ポカーン)」
女「分かってくれた?」
男「(声が出ないらしく、激しく何度も頷く)」
女「今日はもうしないから(わずかに照)」
男「いや、マジ、どうしよ、超嬉しいんだけど。うわー。ヤバい。うわー。」
女「早く食べちゃいなよ(そっぽを向く)」
そこで恥ずかしくなって喫茶店出ちゃったけど、凄くいいシーンだった。
近くの席から凝視してた自分がなんか情けなくなった
12月24日の午後9時から翌25日の午前3時までの6時間は
1年間で最もセックスをする人の多い「性の6時間」です。
貴方の知り合いや友人ももれなくセックスをしています。
普段はあどけない顔して世間話してるあの娘もセックスをしています。
貴方が片想いしているあの綺麗な女性もセックスをしています。
貴方にもし年頃の娘さんや姉・妹がいて、いま家にいないのでしたら間違いなくセックスしてます。
貴方と別れたあの娘も貴方がその娘にやってきたことを別の男にやられています。
貴方の将来の恋人や結婚する相手は、いま違う男のいちもつでヒィヒィ言っています。
3. 生きるのが辛い話
職場にすごく好きな子がいる。
ちっちゃくって、ちょっと舌っ足らずで、あどけなくて、笑顔がすごくかわいい。
今日、彼女がちょっとかがんだとき、チラッとブラが見えた。ピンクだった。
刺繍?レース?なんか綺麗な柄で大人っぽい感じ。パンティもおそろいなんだろうな。
服の上から彼女の下着姿を想像したりしてた。ラッキーな一日だ、とか思いながら。
昼休み、彼女が同僚に嬉しそうに話しているのが聞こえた。
「今日、彼氏のお誕生日で食事に行くんです」
とたんに目の前が真っ暗になった。
食事の後は当然セックスするだろう。彼氏の誕生日なんだから。
つまり、さっき見えたブラは、夜には彼氏に脱がされるために選んだものだったんだ。
彼氏は、おれが目の端に少し映っただけでボッキしそうになったその布切れを、何ら
感ずることなく彼女から剥ぎ取り、恥ずかしがって胸を隠す彼女の両腕を優しくほどき、
おれが決して見ることはないそのブラの中身にくちづけ、吸い、軽く噛んだりするんだろう。
おそろいのパンティには、彼女の期待と興奮で濡れ、シミができている。
その脇から彼氏は指を差し込む。
ぐちょぐちょに濡れたパンティーを彼氏が脱がそうとするとき、
彼女は脱がせやすいようにちょっと腰を浮かせたりするだろうか。
そして彼氏は、おれが決して触れることも見ることもかなわないその奥に舌を這わせ、
彼女の味を味わうのか。
そんなことをされると分かっていて、どうせ脱がされると分かっていて、
彼女はそのブラとパンティを彼氏のために選んだんだ。
どこがラッキーな一日だよ。
昼休み、マックにでも行ってりゃ良かったよ。ちくしょう!
バイト先に彼氏いない歴25年らしい大人しい子がいた。
局の子にお昼おごらされたり、
派遣社員の子から高額なマルチ商法の商品買わされたりしてた。
皆が「アイツはお人好しだから何言っても絶対断らない」と
学生のイジメのようにバカにして嫌な事押し付けたりしていた。
もともとその子を優しくて良い女だと好感を抱いていた上に
この子なら断らないかもと思った俺は彼女を休日に食事に誘ってみた。
生まれて初めて女性からOKをもらい、嬉しくて店を色々調べて下準備し、
当日は思いきりお洒落してピカピカに洗った車で迎えに行き、
頑張って話を盛り上げてご飯を御馳走し、家まで送り届けた。
とても楽しくて何度も誘った。彼女も楽しんでくれていると思った。
段々好きになって今度告白しようと決心して食事に誘った時、
「本当はずっと嫌だった。もう誘わないで欲しい」と言われた。
彼女の顔は気の毒になる位必死だった。きっと決死の思いで言ったのだろう。
「ほら〜!麻衣、ちゃんと断れるじゃないですか!
今度から嫌な事 頼まれたら、今みたいにビシッと言えよ!
俺、ずっと麻衣が何言っても断れないの、心配したよ!」
と、俺は泣き出しそうなのをこらえて出来るだけ明るく元気に取り繕った。
彼女はとてもホッとしたような顔をして何度も俺にお礼を言った。
俺から好かれている訳じゃない事がわかって、そんなに嬉しかったのかな。
昨日の話です。もう色恋は諦めますた。一生童貞でかまいません。
俺の仕事は通信関係の現場仕事。もちろん男ばっかりの職場。
ところが1年ほど前から事務に女の子が入ったんだよね
そんなに若くは無いがまぁまぁ美人。性格もさっぱりしてるんだ。
目も見れず、まともに話もできない俺に優しく話してくれて…もちろんお察しの通り惚れた。
なんと2chも見てるって事で色々わからない事聞いてきたり2chの話題で盛り上がったりもした。
今じゃ冗談を言って も〜 なんて軽く叩いたりするスキンシップもある。
もしかしたら…と思う気持ちが無いわけじゃない。だが告白なんてできないのは重々承知だ。
俺は、38才デブオタメガネの童貞だ。1年間大事にしてきたこの関係で満足だった。
昨日も仕事が終わり彼女の顔を見に事務所へいったんだ
汗だらけの俺に優しく おつかれさま と声をかけお茶を入れてくれた
いつもの様に至福の時間。このために仕事に行ってると言っても過言ではない。
彼女のPCが調子悪いと言うので直してあげたりした。
そして帰宅…ところが家の鍵を忘れた事に気づき戻った。
ドアが開いてたのでそっと中をのぞくと…
そこにはマジックリンと除菌剤を持ってPC、イス、机、俺が触った物全てを掃除してる彼女がいた。
しばらく動けなかった。やっと我に帰り逃げ帰る時、彼女はミューズでゴシゴシ手を洗っていた。
昨日は家に入れず車の中ですごした。涙が止まらなかった。
彼女が出勤する前に鍵をとりにいき家へ帰り、今日は仕事を無断欠勤した。
工房の時の行事でクラス対抗の駅伝大会があった。
各クラスから、男8人女8人の長距離速い香具師集めて
午前は女子の部、午後は男子の部で、女子の部男子の部のそれぞれの順位によって総合優勝を決めるといった具合だ。
野球部で体力に自信があり長距離のタイムもクラスの男子の中で3番目に速かった
俺は男子の話し合いによってアンカーを任せられた…。
午前中女子の部で女子が優勝した、優勝は俺たち男子の手にかかっていた。
はっきりいってクラスの女子の俺に対する仕打ちはひどいものだった…。
挨拶などされず、無視、誹謗中傷は日常茶飯事…。
事務的な用事も男子を通して俺に伝えられる。名前で呼ばれたことは無い…。
そんな俺にも、クラスのヒーローになれる舞台が用意された。1位でゴールすれば優勝が決まる。
アンカーの俺が優勝のゴールテープを切れば、迫害していた女どもも俺を認めてくれるようになるかもしれない。
あんな女どものいるクラスだが、クラスの名誉の為に必死で走ることを決意した…。
レースの内容は省略するが、1位で俺にタスキが回ってきた。2位もすぐ後から追ってきた、女子の部2位の3組だ…。
追い着かれまいと必死に走った、差はひろがっていた。ゴールテープが見えた…。
疲れていた俺は周りの声援など聞こえない…。ゴルテープを切った…。
優勝が決まった。
しかし、アンカーの俺に駆け寄るものは誰もいなかった。ふと見ると俺以外の駅伝メンバーが順番に胴上げされていた。
俺は胴上げされなかった…。ゴールテープを切って優勝を決めたアンカーなのに…。
まだ呼吸が整わず、ヘたれこんでいる俺にさらに信じられない会話が展開された…。
この後打ち上げに行こうという内容だった。俺の親友が「●●(←俺)にも伝えて来るよ」と言ったら
打ち上げを企画した女が「●●君はいいよ、疲れてるみたいだし、それにしてもゴールの瞬間の●●君不細工だったよね〜」
俺は決してヒーローになれないと悟った、その日の帰りに買って飲んだポカリは何故か塩味が混ざっていた
気がつくと涙が溢れていた…
理不尽な扱いを受けて、血の繋がった人からすら擁護して貰えなかったら
もう何も信じられなくなるよね
俺が小学校の時
俺の兄は、スポーツも勉強も出来て、出来の悪い俺と違って
友達もいっぱいいて、アホな俺にも優しい自慢の兄だった
ある時、道を歩いていたら、前から兄が友達を連れて歩いてきた
俺が「あ、兄さん」って声をかけると
友達連中が騒ぎ出した。
「何、コイツww」「うわっ、キモイ」「こんなのがお前の弟なのかよ」
「お前可哀想だなwwwこんなヤツと兄弟なのかよwww」
俺は当然兄が俺を庇ってくれると確信していた。
ところが兄は
「こんなやつ弟じゃないよ」と言って俺を突き飛ばしさっさと行ってしまった。
ショックを受けて家に帰ると先に帰っていた兄が言った
「あんまり人前で俺に声をかけるなよ」
と言われた。
このことを両親に話すと
「お前が悪い」「お兄ちゃんの気持ちも考えなさい」と逆に怒られた。
その後どんな気持ちだったか良く覚えてない
多分、泣いたんだと思うけど、記憶が飛んでいる。
覚えているのは、それ以来、事務的な用件以外で
家族と会話をしなくなったということだけだ
大学を卒業して家を出て十年経つが、
一度も家族と連絡をとっていない。
大学のサークルの集まりに行ったとき話すネタもないので
ちょっと気が合いそうな人のグループ見つけて「じ・・・実はvipperだおww」って言ってみたら
周りも「vipねww俺も行くよw」とか言っててビンゴ、結構ノッてくれて俺は更にvipのノリで盛り上がった
後日mixiでそのときの人達を発見
俺自身でコンタクトせずに副垢で趣味が合う人を演じてマイミクになって
日記を見てみた
そしたら集まりの日の日記で「○○(俺の名前)だっけ?vipとかなんなんだよあいつ 誰がvipなんてやるかよってw」
「幼いし関わらないほういいな」「ひとりぼっちだからって俺達のとこくんなよなー 大体あいつ来て女子ひいてたじゃんな」
とか書かれまくってた
気づいたらパソコンの前で震えながらマウス握ってボロクソに泣いてた
死にたい
この前の飲み会の事。
面子は俺、同級生数人、後輩多数
俺は次の日朝から用事があったから途中で
「じやあ、俺はこれでドロンするわ^^」
って言って手印を組んで、場の空気を悪くする事なく、二万ちょい置いて店を出たんだわ。
でもバス待ちの時にジッポ忘れて来たのに気付いて店に戻ったんだ。
店に入るとちょうど便所から後輩が出て来て
「どうしたんすか?」「ん?忘れもん」
とか話しながらさっきまで飲んでた座敷に向かってたのな。
そしたら座敷がすごい盛り上がってんの。
俺が「お!盛り上がってんじゃん?」って聞いたらなんか後輩の返事が歯切れが悪いのな。
「ぁ、そう言うなってw」
「いやいや、アレは有り得ないっすよw」
「毎回ですしねw」
「"ドロン"って80年代っすよねwたくあのオッサンはw」
「「「はははははは!!!」」」
俺、リアルに(´・ω・`)←こんな顔してたと思う。
隣にいた後輩はすごい気まずそうにしてた。
(´・ω・`)←こんな顔したまま申し訳なさそうに座敷に入ったよ。
目当てのジッポはすぐに見つかった。だってジッポの上にハットリ君のキーホルダーが置いてあったからね(´・ω・`)
みんな押し黙ってんの……。笑っていいよ?話題のオッサンが帰ってきたんだよ(´・ω・`)
もう…だめぽ…
俺は、初代ニュー速が出来た頃からネットをやっている。9年目くらいか?
その頃から2ちゃんには無職か底辺が多かった。
顔ぶれは随分変わったが、やっていることは大して変わりない。
俺ももちろん非モテだ。
当時流行ってたテキストサイトの影響もあって、クリスマスは徹夜で更新し続けたり、
オープンしたばかりのメイド喫茶でオフ会したり、それなりに楽しい非モテライフだった。
当時の仲間うちの平均年齢は、30歳弱くらい。今思うと、みんな余裕だった。
非モテって言ってもたまたま今彼女がいないだけで、イケメンの人もいたし、高年収の人もいた。
なんだかんだ言ってもそのうち結婚できるんじゃね?って思ってた。
実際、その後結婚して、ネットから疎遠になっていった人もいる。
「○○君って、もっとオシャレすれば絶対モテるのに」なんて言われていい気になりながら、
「いや俺はさくらたんしか興味ないし」とかふざけた答えを返していた。
で、久しぶりにオフ会に行ったら、当たり前だけど当時30歳だった奴ら、今は40目前だ。
イケメンはハゲデブになり、高年収はリーマンショックでリストラされていた。
もともとキモヲタだった人は、もっとキモヲタになっていた。
当時姫扱いされてた女の子は、どう見ても生活に疲れたおばさんだった。
「非モテ」「ヲタ」「童貞」「一生独身」「孤独死」
昔は、対抗文化を共有するための合言葉だったこれらの言葉が、急に現実味を帯びてきた。
自虐ネタで笑う余裕がなくなっていた。
リアルに一生独身で童貞のまま孤独死するんじゃね?という悲壮感がぷんぷん臭って、
とてもじゃないけど昔みたいに「この非モテが」とお互いに笑い合える雰囲気じゃなかった。
非モテのお前ら、ハゲデブヲタ童貞で孤独死する覚悟が本当にあるのか?
めんどくさい努力を勧められる煩わしさを避けるために
「俺三次元の女の子に興味ないし」と言ってるんじゃないか?
生ぬるい非モテコミュニティの中で余裕こいていられるのは今だけだぞ。
今はめんどくさいから後回しって思っていても、
あと数年すると、本当に取り返しのつかないことになる。
40歳過ぎてから「やっぱり結婚したい」と思っても、その時から努力し始めてももう遅いんだ。
成人式の為に買ってもらったスーツを着て
かっこいいと言われ、何枚も写真を取られ
車で会場まで送ってもらい
「友達と飲むだろうけど、イッキなんてしたらいかんよ?
遅くなるだろうから気をつけて帰ってらっしゃい」
そう言われた後一人で会場を一周し、中に入ることが出来ず
友達と飲みに行くことになっている手前、そのまま帰ることも出来ず
夜まで時間つぶすためにその足でスロット店へ行き
親からもらったお年玉を使い切るのに2時間も持たず
銀行から下ろした8万も消え
どうしようもなくなって、夕方頃に家に帰り
人が多すぎて友達と会えなかったと言う俺に
母さんは、じゃあ夕飯ちゃんとしたもの作らなきゃねと言い
俺は震えて声も出せないほど泣いた
イヴの夜に両親不在の実家に妹の彼氏が来て
空気読んで「俺予定あるから」って言って外に出て
当然予定もないし、友達いないし
漫喫で泊まろうと思ったら財布無くて
財布とりに家帰ったら
鍵かけられてて、家の電気消えてて、妹と彼氏が確実にギシアンしてて
大して厚着もしてないのにこの寒空の下、とにかく朝になるまで時間つぶしたくて
でもリア充、DQN共の巣窟の駅前には行く勇気も金も行動力もなくて
誰にも見つからないように近所の小山を歩き回って、職質受けた挙句
結局、事後であろう午前3時頃に家に帰ってきて
妹と彼氏がギシアンして満足したであろう我が家の庭のエアコンの室外機に寄り添って
人が作り出した文明の利器の暖かさに触れて
昨日初めて優しくされた気がしながら夜を明かした、イヴの夜
晩飯は妹と外食するつもりだった
それに両親不在だったので昨日は少量のお菓子以外にまともな飯も食ってない
腹すいたときは昼に食ったハバネロの粉が爪の間に残ってる気がして
一人で指チュパしながら山の中徘徊してた
俺は高校の時、DQN4人組にずっと悪質ないじめを受けていた。
チンポの写メとられたり、殴られたり、クラスの前でからかわれたり
机に悪口を掘られて、そこに修正液を流し込んで、悪口を消えなくしたり
牛乳パックを投げつけられたり、本当にいろいろされて死にたかった。
俺はそれがトラウマで高校はなんとか卒業したが、大学には通えなくなった。
今は底辺ニートやってるよ。
去年、急に俺のところに高校の同窓会の連絡が来たんだ。
いままで、一回も呼ばれたことなかったのにな。
俺は24歳ニートだったからもちろん断ろうとおもったよ。
でも、しつこく誘おうとしてる奴がDQN4人組の一人だと知った。
俺は同窓会に出ることに決めた。
同窓会が盛り上がってる最中に俺に人生狂わした4人のだれかをぶん殴って
それで出て行こうと思った。
で、同窓会なんだけど最悪だった。あいつら4人は本当に最低だった。
あいつら4人は同窓会遅れていった俺の近づいて来て、いきなり謝り始めた。
「昔、いじめて本当にごめん。ずっと反省してたんだ。
一度、いじめた俺たち四人全員で謝りたかったんだ」
と言って、真剣に俺に謝ってくる。
同窓会終った後に、更に俺を呼び出して
「お前の傷が治るかわからないけど、本当に許してくれ」
とDQNリーダーは土下座までしてきた。
DQNの二人は旧帝卒のエリートになっていて、
残り二人もしっかりした仕事に就職した立派な社会人になっていた。
俺は悔しかった。DQN4人は最後まで極悪のDQN4人でいてほしかった。
なのに、会ってみると、人のできた立派な人間になっていた。社会的立場も良好だった。
逆に、俺は高校卒業からずっとニート、
更にずっとお前らを憎んできて、人間性なんて形成されずに止まってる。
社会性なんて身につきもしなかった。
俺の憎しみは対象を失って自分に帰ってきた。
同窓会の日はすごく死にたくなった一日だった。
4. 二次元ですら辛い話
教室で涼宮ハルヒの憂鬱(初版、流行る前からもってた)を読んでたら
「なぁ、それハルヒじゃね?」と後ろの席のやつにいわれた。
ちょっと怖い煙草とかすってるやつだったから
「うん、ハルヒ。それの一巻」って説明したら
「○○って長門に似てるよな」とクラスの女子のことを指さした。
大人しくていつも読書している小柄で可愛いこだった。
たしかにそっくりだったし、
長門にも彼女にも好意を抱いていたので最高の笑顔で「うん」と賛同したところ
おもむろに携帯で○○さんのハメ撮りを見せてくれました。
誰かハルヒのいる世界に連れて行ってください
高校を卒業してから早3年が過ぎた
あのうるさいハルヒと別の大学に行ったおかけで
俺はめでたく宇宙人も未来人も超能力者もいない普通の日々を手にいれた
しかし、あの非日常的な日々を
俺はなんだかんだで気に入っていたと思い知らされる事がよくある
地元の成人式で久々にハルヒに再会したあの日もそうだった…
久々に再会したハルヒと話をすると近々結婚するんだそうだ
どうやらできちゃった結婚らしい、あのハルヒがね…
その夜、同窓会で酔った勢いだったのかなんなのかさだかではないが
どちらともなくそんな雰囲気になり、ハルヒを抱いた
俺に抱かれてる間ハルヒはずっと俺の名前を呼びながら泣きじゃくってた…
先日、ハルヒからハガキが届いた、入籍の報告だった
その笑顔にあの頃の輝きは無かった…
俺の色褪せた日常の中で眩しいほど輝き続ける高校生活3年間の思い出
そして、その中で他のなによりも輝いていたアイツの笑顔
もしあの頃、俺達がお互いにもう少し素直になれていたら
こんな未来を選ばずにすんだんだろうか…
などと答の出ない疑問を思い浮かべながら
俺は今日も色褪せた日々を生きている
朝起きたらとなりでルイズが寝ていた。
俺は死ぬほど嬉しかった。何せ夢にまで見たルイズだ。
童貞の俺にもついに彼女が出来て幸せに暮らしていける。
そしてマイホームを買って子供をつくって毎日幸せな生活をする。
そんなことを一瞬にして考えた。
でも、ルイズは「サイトはどこ?サイトどこにいるの?」
って言うんだよ。俺のことは見向きもせずに。
そのとき分かったんだ。ルイズはサイトと幸せになるべきだって。
だから俺は一緒にサイトを探してあげた。
やっぱりルイズの笑顔は俺に向ける笑顔よりサイトに向ける笑顔のほうが可愛い。
俺は二人が幸せになってほしいと願いながら立ち去った。
そんな夢を見た。
起きてとなりをみた。
ルイズの抱き枕があった。
目から涙がこぼれた
5. 耳が痛い話
私、君みたいな男の人知ってる。
仕事で困った時に一生懸命汗かきながら助けてくれたり、
「パソコン買いたいな」って言ったら、
お勧めのパソコンリスト作ってきてくれたりしてくれるんだよね。
だからお礼に冷たいお茶入れたり、
くたびれたスリッパ履いてたからプレゼントしたりした。
でも何故かわからないけど全然違う。私の彼氏と。
彼氏は別にイケメンじゃない。でも一緒にいると幸せな気持ちになるし、
ドキドキするし、エッチな気持ちにもなる。
「可愛い」って言われただけで頭がぼーっとなる。
彼氏の為だけに可愛い洋服や下着を選んで迷って、一日かけてたりする。
それを褒められるとホントに嬉しい。
全然違う。君と。
何が違うんだろう。
誤解させたならごめんなさい。告白させたりしてごめんね。
優しくしたのはお年寄りに優しくするのと一緒なの。
気付いてる?君達ってお年寄りと似てる。
「あんたはね、ネットだけの知識で頭でっかちになってるよ。
2ちゃんねるで取り入れた知識を偉そうに私やトーチャンに
話してるけど、働いたこともないあんたが言うと滑稽なんだよ。
ニュース番組見てても得意げに2ちゃんねるの受け売りを
披露してるけど、カーチャンとトーチャンだから笑って聞いてあげてたんだ。
頼むから外で働いて、自立して。
カーチャンもトーチャンももう先は長くないだろうし、アンタの
子育ては大学卒業の22歳で終わりなんだよ。
アンタはもうオッチャンなんだから、カーチャンとトーチャンに
すがったって、もう何もしてあげられないんだよ。
この二年間、ずっと部屋でパソコンして、にちゃんねる見て、
結局今のアンタはネットの情報だけで頭がいっぱいになってて、
何もいいことなんか無かったんじゃない?
民主党が政権取ったら中国が攻めてくる?
攻めなきゃいけないのはアンタの人生だよ。
友達と遊んだ?彼女は作れた?いないでしょ。誰も。
トーチャンとカーチャンしかいないでしょ。
情報弱者情報弱者ってカーチャンに言っても、アンタが社会的弱者なのは変わらないのよ。
日本は愚民ばかりだって?働きもせずにネットやってるアンタほどの愚民はいないわよ。
だからそんなんじゃ、トーチャンとカーチャンいなくなったら
本当にアンタは独りぼっちになるんだよ。
外出て働いて、友達作って恋人作って、自分のために自立しなきゃ」
なあ、お前と飲むときはいつも白○屋だな。
一番最初、お前と飲んだときからそうだったよな。
俺が貧乏浪人生で、お前が月20万稼ぐフリーターだったとき、
おごってもらったのが白木屋だったな。
「俺は、毎晩こういうところで飲み歩いてるぜ。金が余ってしょーがねーから」
お前はそういって笑ってたっけな。
俺が大学出て入社して初任給22万だったとき、
お前は月30万稼ぐんだって胸を張っていたよな。
「毎晩残業で休みもないけど、金がすごいんだ」
「バイトの後輩どもにこうして奢ってやって、言うこと聞かせるんだ」
「社長の息子も、バイトまとめている俺に頭上がらないんだぜ」
そういうことを目を輝かせて語っていたのも、白○屋だったな。
あれから十年たって今、こうして、たまにお前と飲むときもやっぱり白○屋だ。
ここ何年か、こういう安い居酒屋に行くのはお前と一緒のときだけだ。
別に安い店が悪いというわけじゃないが、ここの酒は色付の汚水みたいなもんだ。
油の悪い、不衛生な料理は、毒を食っているような気がしてならない。
なあ、別に女が居る店でなくたっていい。
もう少し金を出せば、こんな残飯でなくって、本物の酒と食べ物を出す店を
いくらでも知っているはずの年齢じゃないのか、俺たちは?
でも、今のお前を見ると、
お前がポケットから取り出すくしゃくしゃの千円札三枚を見ると、
俺はどうしても「もっといい店行こうぜ」って言えなくなるんだ。
お前が前のバイトクビになったの聞いたよ。お前が体壊したのも知ってたよ。
新しく入ったバイト先で、一回りも歳の違う、20代の若いフリーターの中に混じって、
使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になってバイト続けているのもわかってる。
だけど、もういいだろ。
十年前と同じ白木屋で、十年前と同じ、努力もしない夢を語らないでくれ。
そんなのは、隣の席で浮かれているガキどもだけに許されるなぐさめなんだよ。
「ところでさっきから書類と睨めっこしてるけど進んでるの?」
「俺、さっきから君の事見てたんだけどさ、仕事してるフリしてるよね?」
「わからない事があったら俺に聞いてって言ったよね?それなのに何で?」
「自分一人で出来ると思ってるのかな?俺、何度も何度も言ったよね?」
「この資料誤字が多すぎる。ちゃんと見直したのか」
「何回も同じこと言わすなよ」
「お前いつになったらアポ取れるんだよ」
「メモ取らないってことはお前わかってるんだろうな?」
「もういい。俺がやるから他の事してろ。」
「○○に教わった通りにやった?、言い訳すんな」
「お前は後3年はかかるな」
「いつになったら要領よく仕事ができるんだ?」
「頭使えよ」
「お前の声聞いててムカつくんだけど」
「お前滑舌悪いからムカつく」
「その自信なさげな喋り方なに?」
「言いたいことが解らない」
「何がいいたいの?お前の話し方ムカつく」
「演技はしないでいいよ」
「俺でも、気分が悪いフリして病院にいけば診断書をもらえるよ」
「きついフリはしなくていいから」
「どうして早く出勤できないの?出てくるのに時間がかかるならもっと早く起きればいいでしょう」
「都合のいい病気だよね」
「どうして積極的に仕事ができないの」
「何でも他人のせいにするな」
「俺達をなめてるだろ」
「君は欝じゃないんだから」
「君の病気は自分が変わろうとしないと治らないんだよ」
「君よりストレスを抱えてる人はたくさんいるのにね」
「さっさと辞めて他の仕事探したら?」
6. 胸糞が悪くなる話
私は夫のコレクションを捨ててしまって後悔した立場でした
鉄道模型でしたけど
かなり古い模型がまさに大量(線路も敷いてて一部屋使っていた)という感じでした
結婚2年目ぐらいから「こんなにあるんだから売り払ってよ」と夫に言い続けたのですが毎回全然行動してくれずに言葉を濁す夫にキレてしまい留守中に業者を呼んで引き取ってもらえるものは引き取ってもらいました
帰ってきた夫は「売り払ったお金は好きにしていい」「今まで迷惑かけててごめん」と謝ってくれました
残っていた模型も全部処分してくれたのですごく嬉しかったです
でもその後夫は蔵書をはじめ自分のもの全てを捨て始めてしまいました。会社で着るスーツとワイシャツや下着以外は服すらまともに持たなくなり、今では夫のものは全部含めても衣装ケース二つに納まるだけになってしまって
あまりにも行きすぎていて心配になり色々なものを買っていいと言うのですが、夫は服などの消耗品以外絶対に買わなくなってしまい
かえって私が苦しくなってしまいました
これだけ夫のものがないと夫がふらっといなくなってしまいそうですごく恐いのです。
こういう場合ってどうしたらいいんでしょう
彼とは4年お付き合いをし、昨年10月に婚約しました。
両親は私が一人っ子なので彼に婿に来てもらい、同居を希望したのですが
彼は婿には抵抗があるのと、結婚後すぐに同居するつもりはないと両親に
返答したことから話がこじれてしまいました。
この時は私も同居の方が楽なので、両親の意見に賛成してました。
ただ、彼が頑として婿と同居に反対したので、一旦引き下がり、両親の意見で
披露宴の招待状を出して結婚が公になったところで、婿と同居が無理なら
結婚は出来ないと言えば、世間体もあるので条件を飲むのではないかという事で
暫く黙っていることにしました。
今月になり再び婿と同居の件で、両親交え話したところ、彼は最初は穏やかに
話していたのですが、父の「もう結婚やめる訳に行かないから、婿になるのが
一番いいよ」(こんな感じの優しい感じでした)の言葉に、彼が突然激怒して
そのまま帰ってしまいました。
私もまさか婚約破棄を彼がするとは思ってなかったので、「突然帰るのは
両親に失礼だからちゃんと謝って。それに私も同居の方が楽だし、私の幸せも
考えて」と言った呑気なメールを送ったりしてました。
で、2週間振りに会ったら、「婿に来て欲しいのも同居したいのも分かるが、
やり方が卑劣で、それに同調したおまえが一番許せない。悪いけど、婚約破棄する」
と言われました。
私はどうしたら良いか分かりません。
「結婚」でつまずいた。
今年の3月、一年付き合った彼女に「結婚してください」とプロポーズ。
彼女は「嬉しい!」と喜んでくれた。
六月に式を挙げるので、式の日取りを彼女の両親と相談。
そこで彼女から「今後の生活の設計を二人で立てたいから、
ボーナスと月給の明細を見せっこしよう」と言われたので、明細を渡した。
それから一週間。彼女の両親から携帯に直接電話が掛かってきた。
電話で「あなたの将来が無いとは言わないけれど、
毎月の給料が手取り36万じゃ安すぎません?あなた32歳だったわね?
ウチの娘を食べさせていけるの?結婚はままごとじゃないのよ。
とにかく結婚は延期してくださる?」そうまくしたてられ、電話が切れた。
俺は呆然とした。確かに手取りは少ないけど一部上場の企業だし、
組合はしっかりしてるし、福利厚生も悪くはないし、
ボーナスは確実に夏冬2.7 ヵ月分は貰えるし、
悪くないと自分では思っていたが・・・。
彼女と電話で話し合ったら「この給料じゃ生活できない。
私は専業主婦になりたいし、子供も欲しい」と言われ、
最後に「年収は800万位と思っていた」と言われた。
それきり彼女から電話は無い。もう結婚はしなくていいと思ってる。
周りの友達に結婚報告して祝福してもらった後だったから、
説明するのが悔しくて、情けなかった。
唯一の救いは会社には言わなかった事かな?
今日も何とか生きています。
就活生のオレはいまだに内定が取れず色んな企業の選考に足を運んでいた。
んで無理だろうと思っていたそこそこ大きめな(地元では)企業から内定のメールがきた。
信じられなかった…元々敷居の高いところってのと
面接官の態度や質問が圧迫面接なんてレベルじゃ済まされない程クソで、口論して部屋を出て行ったからだ。
大人げない事したなと後悔してたが、逆に評価されたのかと思い何とも言えない気分だった。
そしてメールで歓迎会でBBQやるから来いと連絡がきた。
同期の人間の顔も見たことないし凄く楽しみにして現地の河原に向かった。
かなりの人数が集まっていてオドオドしていると口論した面接官が
「お、○○君!こっちこっち。」と手招き。そこには同期らしき人間が並んでいた。
「初めてだし自己紹介は恥ずかしいだろうし俺から簡単に説明するね。」と端から順に面接官が紹介していった。
最後に俺だった。
面接官「コイツが面接中にキレて出て行ったアホw個人的に教育したくて嘘の内定メールだしたら本当に来てしまったみたいですw
○○君よくわかったかぁ?あんま調子乗るとこうやって恥かくから気をつけろよw」
そいつは俺に交通費と称して5千円札を握らせると「釣りいらねーからw」と一言。
周りからは「カッコイイぞw」だの「やりすぎだろw」だの野次が行き交っていた。
俺は恥ずかしさと怒りでパニックになりながらその場から逃走。今は就活する気起きない。
先日大学の試験があって、ノート持ち込みの論述形式の試験だったんだよ。
で、試験開始の5分前にほとんど授業に顔出してないギャル女が来て、
「えー!マジ持ち込みとか知らないしー!
何にも持ってきてないんですけどー!」って騒いでた。
そいつの友達も何にも持ってきてないらしくて、
4人くらいでどうしようどうしようと慌てていた。
どうやら近くに座ってる真面目な女の子にノート借りようっていうことになったらしく、
以下ギャルの一人とその女の子の会話。
ギ「すみませーん、私たち持ち込みだっていうの知らなくてー、
使わないノートでいいんで貸してもらえませんかー?」
真「えっ?これですか?…全部使うんでそれはちょっと…」
ギ「お願いします!すぐコピーして返しますから!」
真「は、はい…。」
ギ「ありがとうございまーす」
教室から出て行くギャル。待つ真面目。
でもギャルは帰ってこなかった。。。
試験終了後、半泣きの真面目と違う入り口から入ったと思われる嬉しそうなギャル。
いかなごってのがこの土地の名産らしいと聞き
引っ越してきてすぐwktkしながら商店街の魚屋に買いに行った
店の外には「いかなご入荷!!」と紙がペタペタ張ってある
俺「いかなごください」
店主「無いよ」
俺「え…売り切れですか」
店主「無いよ」
そこに他の客が続々店入ってきて
おばちゃんA「いかなごある?」
店主「あー入ってるよー」
おばちゃんB「なんや兄ちゃんには売ったらんのか」
店主「こういうときだけ来られてもなあ、ふだん買い物してくれへん人に売るのは無いな」
俺、下向いて退店
マックスバリューで買って帰った
商店街が暖かいってのは大嘘
鮮魚コーナーの前で子供を連れた若い母親と昔から近所に住んでいるババアが揉めていた。
若い母親は注文してあったお祝い用の鯛を受け取りに来たらしい。
鯛をカゴに入れて歩き出した。
するとババアが「あらそれ美味しそうね〜私買うから譲って」と言いカゴから取り出して自分のカゴに入れた。
若い母親は「それはうちが注文してあったんです!」と言い取り返そうとした。
ババアは「私だって食べたいの!あんた別の買えば?」と言い立ち去ろうとした。
若い母親はババアの腕をつかんで引きとめた。口論になった。
鮮魚コーナーの店員が出てきてババアに「このお客様が注文されたものですから」と説明してもババアは譲らなかった。
ついに店長を呼ぶことになった。
店長はババアの知りあいだった。
なんと店長はババアに鯛を売ってしまった。
若い母親は「この子のために注文したのに…!」と反論した。
店長は「こちらは昔からのお客様ですので…申し訳ないですが…」 と言い聞き入れなかった。
若い母親は半泣きで買い物カゴをその場に叩きつけて「2度と来ない!」と言い帰っていった。
鮮魚コーナーの店員も周りの客もみな呆れと非難の混じった顔で店長を見ていた。
確かに田舎の店で新住民より原住民の方を大事にする傾向はあったがこれは酷いと思った
小学校一年生の時、公園で財布を拾った。
憧れのお巡りさんと会話が出来ると喜び勇んで交番へ届けに行った。
お巡りさんに拾った財布を見せると、おもむろにお巡りさんは財布を手に取り、中身を確認した。
「こっちも忙しいんだよ。
小銭がちょこっと入ってるだけの財布を持ってこられても面倒なんだよ。
本人が気がついて、君が拾った場所を探してたらどうするつもりだ
仕事を増やすんじゃない。
これからは財布見つけたら、触らずにその場に置いておけ」
みたいな事を矢継ぎ早に言われて、怒られた事がある。
昔テレビドラマの制作進行(ADみたいな雑用係り)をやってた時の話。
撮影が深夜になって冷え込んできてプロデューサーに
「近くのコンビニでスタッフ全員に缶コーヒーでも買ってきてあげて」
って言われたから寒い中住宅街を走り回って(車使えないから文字通りダッシュで)、
コンビニ2軒ハシゴしてホットコーヒー35本買って来たんだわ。
んで帰って来たら同じ制作の女の先輩に「何勝手に制作費無駄いしてんの?
制作進行ならその辺の家で電源借りてポットで湯沸かしてコーヒー淹れろよ!」
って、一方的に怒られてコーヒーはそいつに奪われ、
電源貸しくれるトコ探しにポット片手にまた住宅街を回るハメになったんさ。
んで、何件か民家回って事情を説明して電源かしてくれるトコ見っけて、
お湯が沸くまで現場にいようと思って急いで帰って来たら、
そのクソ女が満面の笑顔で「お疲れ様で〜す☆」とかぬかしながら
スタッフに俺が買って来た缶コーヒー渡して歩いてるんだよ。
しかも「ありがと〜!わざわざ買いに行ってくれたの?」っていう
スタッフの問いに対し「そうですよ〜☆」と即答する腹黒っぷり。
最後に俺の手元にはぬるいからいらないと言われた缶コーヒーが5,6本残り、
コーヒー代4200円は制作費として認められず俺の自腹にされた。
他にも信じられん事が何回かその現場であって、俺リアルに人間不信になった。
駅前のちょっと大きなゲームショップにソフトを買いにいった。夏休みで周りはガキばっか。
そこに20代中頃の無精ひげを生やし太った、一目で判るようなオタク息子と、
母親(酷くやつれていて祖母さんかも)らしい二人連れが入ってきた。
財布を持ってオドオドしている母親を尻目に、息子はPS2を抱えてレジへ。
いい歳こいて、ひでぇ息子も居たもんだ、と見ないフリして見ていたら、
急に息子が、
「ステルビャー(?)くれ!!あるんだろ!早く!!売ってくれよ!!」
店内に響きわたる大声で怒鳴り始めた。
店員は怯えきった表情を浮かべながらも説明していたが、息子は怒鳴り散らすばかり。
店内のガキたちの目は、レジ釘付け。それに気づいた母親が息子をなだめ始めた、
と思った瞬間、息子が母親の腹をパンチ!
見るに耐えない酷い光景だった…しかし母親は耐えて、店員に謝って
PS2とゲームの代金を支払って息子を連れて帰って行きました。
以前犬を飼っていたときにかかりつけになって貰っていた獣医さんの
病院の前にいかにも生まれたての子猫が2〜3匹と親猫がまとめて捨てられていたそうだ。
獣医さん曰く「良くある話、可哀相だが保健所へ連れて行った」とのこと。
それを後ろで聞いていた、子猫を連れてきていたおばさんが激怒。
「獣医さんなら飼ってくれるか、飼い主を捜してくれると思ったから
ここに捨てたのに。殺すなんて酷い!」と。
このおばさん、避妊出術もしないで外飼いしてた猫が出産。
全部飼うほど裕福な暮らしはしてない、引き取り手探すのもめんどくさい、
自分で保健所に連れて行くのは忍びない、そうだ獣医さんならって事で
病院前に捨てたそうだ。
ずうずうしいって言うか、基地外と言うか、呆れてものも言えなかった。
昨日、近所をまったりと散歩していた。
片側二車線の、結構交通量が多い国道があるのだが、そこに差し掛かった時。
押しボタン式横断歩道を何人かが横断中だった。
俺は渡るつもりはなかったのでゆっくり歩いていたんだが、見れば何故か
不自然なスピードで迫ってくる車が。
何をする間もなくその車、なんとノーブレーキでそのまま横断歩道に突っ込んだ。
運悪く女性が一人横断中。
それをそのまま思いっきり跳ね飛ばした。
そこに至ってやっとその車止まったんだけど、エアバッグも作動してたかな、
うわーと思って携帯で通報したんだけど、もう跳ね飛ばされた女性の方は
ピクリとも動かないし血がぶわーってなってるし、近寄る勇気はなかったん
だがもうダメだというのは分かった。
それで運転手が降りてきて女性の方によってたのは見たけど、
同乗者と二人してオバさんなんだよこれが。
戻ってきたらこの二人がでかい声で「あんた!飛び出してきたら危ないでしょ」とか
「なんでいきなり渡ってるの」とか言ってんの。倒れてる人に。
やべーこの人達もしかして痴呆か?とか思いながら警察と救急きて、まあやっぱり
女性は即死みたいだったんだけど一応病院に運ばれていった。
それでさ、もうオバハン二人の言い訳がなんでそうなんかわかったんよ。
この二人、話に夢中で信号なんか見てなくて、自分が信号無視したことにも気づいてない。
しかも「話してたから」「ちゃんと前見てなかったから」ってさ、不注意の言葉
じゃん?だけどこいつら、「それだから轢いても仕方がなかった」みたいな、
自分を正当化する言い訳にしてんのよ。
警察官が「轢いたのは事実だから」「言い訳しても遅いから」「あんたが轢いたんだよ」
と段々語気が荒くなっていって怖かった。
最後には「あんたは人を一人殺したという自覚がもてないのかっ!」って大声になってた。
それでああ、死んだんだ…って思った。
事故も後味悪いし、このオバハンの態度も腹立つし…すごい泣きたくなったよ。
なんでこんな自分が悪いとも思わない人にあの女性殺されなきゃならなかったのかと。
裁判長「判決の前に、被告は何か言いたい事はありますか?」
宅間「えー、発言してもよろしいか?…なら話すわ。
まあ、まだ判決はでとらんのやけども、もうすぐ出るし、
わかっとる事やから、最初に言うとく。
どうも死刑にしてくれて、ありがとう裁判長さん。
感謝するわ!わし、死にたい思うてたから、ほんま助かる。
やっと死ねるんやなーと思うとほっとしたわ」
裁判長「静粛に!…被告は裁判を誹謗しないよにしてください。
これ以上、不穏当な発言を続ければ退廷させます。いいですね」
宅間「今のは、誹謗とか批判ではのうて、純粋のワシの心から出たほんまの気持ち。
わかってもらわんでもええ。言いたい事はまだある。それは、殺してしもーた子供達にや!」
宅間「わしが殺したガキどもは、わしの自殺の為の踏み台の為に生きていたんやな!
ほんま、感謝しとる。あのガキが8人死んでくれたから、俺が死ねるんやから
感謝せなあかん!死んでくれてありがとう!!
でも、死刑になるだけやったら3人で十分やったな。残りの5人はおまけで感謝しといたる!」
…どよめく室内。裁判長が退廷を命じる…
宅間(引きづられなから) 「おい、くそガキの親!おまえらのガキの8人分の命は
ワシ一人を殺して終わりの程度の価値やったんやぞ!
エエ学校に行かせて偉そうにしとったから死んだんや!
ガキどもが死んだ原因はおまえらあるんや!
せいぜい一生反省せいよ!
あの世でもおまえらの子供しばき倒したるからな!
あははははは!あははは!こらおもろい!」
5分ほど後に、判決文が読まれた
7. 絶望の話
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/ (●) (●) \|l(^) もしもし
| (__人__) l(_ ) 風邪引いたみたいなので今日は休みます・・・
\ ` ⌒´ /⊂)
/ ヽ ノ
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[2011.01.04 00:40] | [m]emo
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