75日間の手記 - 8月手記
A memorandum for 75 days. - August

8月27日
帰ってきた母はただ泣きわめくばかりで、何も考えようとしない。 私だって、泣いてこの事態が収拾がつくのならいくらでも泣くだろう。少しだけ母に苛立った。 父が捕まったなんていう実感が湧いたのは、ニュースで我が家の映像が出たときだ。 ワイドショーのレポーターか何かがうちの前にでも来るのだろうか。 窓ガラスを割られたりするのだろうか。考えるだけで寒気がした。震えがとまらない。 母は泣いているばかりだ。結局、一睡もできなかった。
8月28日
家中の雨戸を閉めた。外からの光はほとんど何も入ってこなくなった。 真っ暗だ。よくみると窓枠のところからほんの少しだけ光が入っている。 きっと希望の光だ。でも、私の心にはそんな光は差し込まない。真っ暗だ。 予想通り外には人だかりができていた。何度も夢ならいいと思った。悪い夢だ。 罵声が聞こえる。石が雨戸にぶつかる音が聞こえる。何度も聞こえる。何度も聞こえた。 この人たちは何が楽しいのだろう。私の中が怒りの気持ちで満ちるのがわかる。 私が悪いわけじゃない。母が悪いわけでもない。理不尽で、不条理で、母を抱きしめて泣いた。
人の噂は75日とよくいう。だから私は75日間だけ日記を付けてみようと思う。
A memorandum for 75 days.
75日間の手記
Aug. 27 ~ Nov. 9
私の、迫害と喪失の記録
 
8月29日
父の余罪が明らかになった。本人が認めただけで15人の女子高生に手を掛けたらしい。 母は一言も言葉を発しなかった。目の焦点もあっていない。理解していないのかもしれない。 傍観者からの攻撃は、休まることを知らない。昨日より、罵声は強くなっているような気さえする。
8月30日
昼間は外にマスコミや傍観者がいるので、出かけることができなかった。 夜中にコンビニに行った。カップラーメンと飲み物を買いに行った。 アルバイトの店員が同じ学年の男子だった。私は、本当についていないと思う。 まさか知り合いに会うなんて。これみよがしに、隣にいた別の店員に何か耳打ちをしていた。 何を言ったかなんて、簡単に想像がつく。まとわりつくような視線。嘲笑うような視線。 買い物なんかする気になれず、私はコンビニをあとにした。 蔑む視線が、痛かった。あんなに、痛いものなのか。涙は、こらえた。家に帰るまでずっと。 たぶん、こらえられた。たぶん、…そう思う。
8月31日
「それじゃ詳しいことはまたメールするね♪」
何もなければ今日は友だちとプールに行く予定だった。 でも外は今日もあいつらがいて、私が外に出ることはできなかった。 でもそんなのは些細な問題なのかもしれない。 友だちから連絡がこなかった。だから、どうせプールには行けなかった。
ねえ、私はお父さんを恨んだけど、今はもっと恨んでいるよ。憎んでいるよ。 悪かったのはお父さんでしょ? なんで、私がこんなに苦しんでるの? なんで…どうして… 。説明してほしい。ぜんぶ、なんでこうなったのかぜんぶ。